最終宵 根拠のない不安と安心
【次はキサラギー、キサラギー。降りる際は忘れ物の無いようにご注意くださーい。忘れ物がございましても私共はお客様にお届けすることは出来かねます、再度お忘れものがないか十分に確認した上で御降車くださーい。】
アナウンスが鳴り、運転室の扉を開ける。
ソファーらしきものは綿が散乱し、真っ二つに折れ曲がっている。
その上、木片がそこら中に散乱している。
ただ床だけは傷一つなく、木片の一切を取り払えばまた使えるぐらいの綺麗さだった。
横には制服はボロボロで力なく項垂れた駅員、いや、影角さんの姿が。
扉が開き、梅宮さんの前に外に出る。
そこにはランプを持った如月さんの姿が。
「・・・え、冬夏?」
後ろから驚きの声が発せられる、でも、その中にはそれ単体だけでは無さそうだった。
如月さんはその問いに何も答えず、険しい顔で俺と階段の中央で止まった梅宮さんの横を颯爽と通りすぎていく。
この二人に何かあったのかな、と思いを巡らせている矢先、後ろから軽い衝撃がくる。
しかし、それに不意を突かれ、梅宮さんと一緒に電車の外へ。
「貴方、友達二人を闇討ちしようとするなんて喧嘩売ってるんですか、今までの事もありますしもし貴方にそう言う意図があってそのような行動をしたなら買いますよ、それ。」
今までに聞いたことのないような低い声で、如月さんの前で刃物らしきものを振り上げてピクリともしない人影に投げ掛けた。
「・・・貴女、何をしたんです?」
「貴方が今現在体感している状況ですよ。喧嘩を売っていると言うならば、首にかけている糸を引っ張って首を削ぎ落としますよ?」
「短時間で一体どうして・・・」
「貴方の標的が近くにいるのに何も仕掛けない馬鹿は居ないでしょ?」
そう言うと、僕のワイシャツの襟の折り返しの隙間に指を入れて、何かを引き出す。
指と指の間に収まって居たのは、ゴマ粒くらいの黒い小さな蜘蛛だった。
「これで全てお分かりでしょう?もう抵抗せずに素直に本部へ同行してください。」
「これ以上抵抗しても、これ以外にこう言うのを仕掛けてるんでしょう?」
如月さんは暫く目を閉じた。
小さく数字を呟きながら、再度目を開けた。
「後、四つ。それと今仕掛けてる場所が一つありますね、どうします?」
「それは・・・諦めるしか無いですよね。」
「ええ、勿論そうさせるためにわざと開示したんですが?」
「はぁ、もう霊力も後僅か。ここは素直に同行しますよ。」
「それは良かったです。」
そう言って手錠らしきものを影角にかけていた最中、太鼓や笛のような音が聞こえてくる。
奥から手前へと提灯の火も灯っていく。
「また始める気ですか?一体何回酒盛すれば気が済むんですかね・・・」
「これは?」
「如月駅は神様が降りてくる道、神道が通っているんですよ。で、その途中でよく酒盛を始めるんです。まあ、騒がしいですけど結構楽しいですよ。見ていきます?」
「いいんですか!」
「ええ、杏奈と梨乃も見ていく?」
「ここ、霊界の幻の観光名所でしょ?見に行かないわけないじゃん。」
「同じく。」
「影角さんも行きますよ。」
「でも、手錠かけられてますし、私はここで待って置きますよ。」
そう言い終わるより先に手錠が青い蝶に変わり、左手の甲に止まっていた。
「これでいいでしょう?変な真似すれば後ろにいる私の分身に取り押さえてもらいますから安心してください。」
「それって安心できるんですかね・・・」
青い蝶は手の甲に沈み混み、青く発光する蝶の紋様を刻み込む。
そうして一行は提灯の導く方向へ進み明るい闇に吸い込まれた。
残された電車は名残惜しそうに扉を閉めた後、ゆっくりと空気に溶けていく。
今夜は赤と藍が混じる空模様に満月か、ぽっかりと浮かんでいた。
人よ人世の怪奇譚~俺と花と月下蝶~ 日向月 @ito2019
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