第六宵 平和からの一時脱却

「誰かいませんか!誰か!」


何回叫んだ事だろうか?

何度叫んでも開く気配が一向にない。

手もうっすらと赤みが増し、痛みがじんわりと神経を浸食していく。

喉も鉄の味がしてきた気がする。

ただどんなに叫ぼうと、叩こうと開く気配がない。

その上鍵が掛かっている。


「おやおや、ここに居ましたか?」


背筋に嫌悪感が這ってくる。

振り向きたくなかったが、それしか取れる選択肢がないと判断し素直に従った。

案の定、所々制服が切れている駅員が 。

貼り付けた笑顔をこちらに向けて来ている。


「お客様、取引を致しましょう。貴方が素直に私に着いてきて下されば、梅宮 道留を見逃しましょう。もう虫の息ですが、本部に回収されれば何とでもなるでしょう。しかし、貴方が来てくれないとなるならば梅宮、如月もろとも地獄に葬ります。」

「脅しですか?」

「いいえ取引ですよ、正当な。貴方が来れば。二人の命が救われます、力のない貴方が唯一正義のヒーローになれるんですよ?それなら良いではありませんか。貴方が二人の命を守ることができる。守られる側から守る側になれますよ?こんな絶好のチャンス他に無いでしょう?」


少し目が開かれる。

何も言われていないが、この目を見る限り拒否権は無さそうだ。


「確かに感謝されたいです、守りたいです。普通の人間と霊界獄卒とじゃあ力の差がありすぎる。どうしても守られる立場に回ってしまう。・・・ですが、貴方と行く気はありません。」

「何故です?」

「最初っから目的は如月さんじゃ無かったんですよね?」

「・・・ばれてましたか。」

「だって、待っていても如月さんは来ていたと思います、なのにわざわざ俺を引き合いに出す必要は皆無。」


自分の管轄している区域でも被害を出されて如月さんだって犯人を探していない訳がなかった。

その証拠に如月さんさんとあった日に持っていた紙の束の上には『猿夢事件について』とでかでかと書かれた題目が見えたからだ。

考えたくはないが多分この人の本当の目的は。


「人ですよ。人は色々な感情を表すのです。でも、私は幸福そうな顔は好きじゃない。私が好きなのは。絶望、悲しみ、不幸だと感じた時の顔が堪らなく大好きなのです。だけど、貴方は驚きはするものの不幸な顔は一向に見せない。」

「だから、あの二人を引き合いに出したんですか?俺が泣く泣く承諾しても、断っても不幸になると踏んで。」

「そうですよ?でも、困りましたね。私の目的がばれた以上貴方が絶望する可能性も薄くなった。」


心の底でやっと終わったと安心しきった時、喉に何かが当たる。

見ると、銀色のナイフを突き付けられていた。

そして寂しそうに呟いた。


「殺さないと駄目ですかねぇ。」

「・・・俺を殺して何になるんです。精々無駄なエネルギーにしかなりませんよ。」

「別にそれでもいいんです。最後に不幸な顔が見られれば。でも、残念ですねぇ。折角、貴方とお話するのが楽しかったんですが。」


照明に翳され無駄に輝くナイフをが視界に映る。

避けると言うことは真っ白になった頭に浮かぶはずもなく、条件反射で目を瞑ってただ刺されるのを待っていた。

そして、服を引き裂く音だけが耳に入ってくる。

ただ、痛みはない。


「死体回収は私の役目なんですから止めてくださいよ、本当。」

「また、邪魔者か。どうして会う人会う人私の思うようにさせてくれないんですかね?」

「別に貴方が私の管轄外でやってくれるんならいいんですよ、けれど今は私が運転している汽車なんですよね。この中で死なれたらその死体を回収しなきゃなくなるんです。それだけは、止めてくれません?」


その会話を聞いて恐る恐る目を開く。

そこには自分自身の胸にナイフを突き付ける駅員と、それを阻止しようと駅員の腕から生えている黒い枝。

そして欠伸を一つして後ろに立っている人影が。


「本当何でもかんでも面倒事持ってきて、いい加減眠たいんですけど。安眠邪魔されたくないんですよ分かります?」

「貴方の事なんて知りませんよ。第一仕事中に寝るってどう言う神経しているんですか・・・」

「どう言う神経だって良いじゃないですか、仕事が勤まれば。それより自分自身を殺そうなんて血迷ったんですか?」

「人は死んだら絶望できない、だったら私が死んで、その死体を見て初めて絶望する。助けられなかったと、後悔するんです。その姿を私は見れなくってもいいんですよ、ただ『絶望した』と言う事実があれば。」

「ヘドが出るほど気持ち悪いですね、友達兼仕事仲間から昔、同じような台詞聞きましたよ。」

「そうなんですか?その人とは気が合いそうだ。」

「多分合いませんよ、貴方とは。それより来たみたいですよ、貴方の喧嘩相手が。」



「すみません、回復するのが遅れました、さぁ、第二ラウンド始めましょう。」


扉の前に立っていた梅宮さんが制帽のつばの隙間から眼光を放ち、こちらを見ていた。






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