第五証 最後の煌めく推理譚
「そうですか、先生。」
「何だ?」
「貴方が、_____今回の、犯人ですね?」
振り絞って言った言葉に、先生の顔があからさまに曇る。
声色も低くなる。
「それは、どう言うことだ?」
「そのままの意味です。」
「つまり、俺が疑われてるってことか?」
「はい、そうなります。」
「じゃあ、説明を聞かせてもらおうか?」
「はい。」
そう言い放った後、先生に向き直る。
「如月さん、警察に一寸顔聞くみたいで色々と事件の事を聞いてきたようです。それがこのメモです。如月さんは今伏せているので預かってきました。」
そう言って、俺は目線をズボンのポケットに目を向けて如月さんのメモ帳を取り出す。
さっとページを開けると、閉じ込められていた、あの光り輝く螺旋が此処ぞとばかりに自由に浮遊する。
俺から離れたりくっついたりじゃれてくるようだった。
「別に伏せっているなら如月が明日言えばいいことじゃないことじゃないか?」
「それはダメらしいです。明日、自殺だと断定され捜査が打ち切りになるらしいです。だから、今日じゃないと。
さて、本題に入ります。先生さっき質問した質問覚えていますか?」
「ああ、離婚がしたって質問か?」
「そうです。それから話そうと思います。質問を質問で返しますが、離婚することが決まっていたのにわざわざ相手を殺す必要がありますか?」
「怨み辛みの一つあの先生方にあったと思うぞ。それが一気に爆発した、ただそれだけのことじゃないか?」
「それなら尚更可笑しいのです。刃物に二人の指紋が着いていたと言うことはどちらかが刺された後、後追いをしたことになります。しかし離婚したいほど忌み嫌っていた相手の後追い何てするでしょうか?」
「おいおい、話がずれていってるぞ?俺が犯人だって言う説明なのに、死因についての説明になってるぞ?」
「いいえ、後からおいおい犯人だって言う説明になります。さて、もう一つ可笑しな事があるんです。それは死亡推定時刻です。
因みにその時刻は5:00
もしこの事が事実だとしたら刺した後に1分以内に後追いしたことになるのですが、それは感情がある人間には不可能です。
何故なら、人間には恐怖心があるから。
死亡推定時刻は同じと言う事なら、恐怖がなく自分が死ぬのに何の抵抗も無かったことになります。
しかし、上述した通り人間には誰にでも恐怖心があります。
後追いするのに最低でも2~3分はかかるでしょう。」
「何が言いたいんだ?」
「残った可能性は睡眠薬や毒で動けない状態の後第三者が殺すと言うものなのですがそれは見つかっておらず、全員その時間は家に居たと身内、周囲の人からの証言があるためそれは不可能とされています。」
「大空の言いたいことが分からなくなってきたんだが、お前はどうしたいんだ?」
その疑問をスルーして自分の思うことを並べ立てる。
光は文を半分以上完成させている様だった。
それを糧に先生に畳み掛ける。
「あの二人、朝に決まってコーヒーを飲む習慣があったようなんです。知ってますか?コーヒーに含まれるカフェインって実はアルカロイドと言う毒の一種なんです。寝る前は飲んだら目が冴えるって言うのもアルカロイドの成分の性らしいのですが、それ、一部の植物にも含まれてるらしいんですよ。」
段々、分からなくなってきたようで口を挟まなくなってきた。
その状況は俺にとって好都合だ。
そして、更に並べ立てる。
「事件の前日二人とも腹痛を訴えて居たらしく近くにいた先生に薬を求めたらしいんです。先生、もしその薬に"人を一時的に操れる物"を混ぜているとしたらどうします?」
「そんなもの、有るわけないだろう。馬鹿馬鹿しい。」
「あれ、先生言ってませんでしたっけ?
"温室植物室にある《エンジェル・トランペット》には触るなよ"って」
一瞬顔が歪む。
しかし、またいつもの笑顔に代わり問いかけてきた。
その笑顔に少しだけ狂気を感じた。
「エンジェル・トランペットの扱いはネットで調べれば出てくるし、あの植物室は誰でも入れる。それにあの植物はカフェイン程度の毒じゃないんだぞ?人を狂わせる神経毒が」
そこまで言ったとき、口を押さえた。
やっと俺の言いたいことが分かった様だった。
そう思うと、嬉しさが込み上げ必死に笑みを隠していた。
そして続ける。
「先生やっぱり知ってたんじゃないですか?その神経毒を使ったんですよ。"人を狂わせ、尚且つ意識は完全にあるが、自分たちの行動に対する自覚が無い状態にできる"人を操るのにうってつけな毒が。」
「だが、あの毒は?さっきも言った通り毒はカフェイン程度の毒じゃないんだぞ!呼吸困難等の症状も出ていない!」
「二人にこう進めたんじゃないんですか?
"それは朝夜の二回だ。今飲んだから、明日の朝もう一回飲むように"と。なぜ朝飲むように進めたか。それはある程度コーヒーで解毒するためでしょう?」
図星を付かれたようで下唇を噛んで、文字通り苦虫を噛み殺したような顔をしていた。
「解毒薬って動物に少量の毒を注射して、でき上がった抗体を血中から抽出することによって解毒剤を作る方法があるんですけど、それをコーヒーで代用したんじゃないんですか?一日だけでは効果は期待できませんが、習慣だったと言いますし、知らない内にある程度の抗体は出来てるんじゃないんですかね?でも、何処まで解読できるがわからないが初期症状は抑えられると判断したんでしょうかね?まあ、そこら辺は賭けだったと思いますが、後はその頃を見計らって二人に電話をかけて"今から学校へ行き会った奴を殺せ、そして自分は自殺しろ"と言うだけ。幸いあの人は計画的な人でしたし生活状況もあの女の先生は駄々漏れでしたし、仕掛けるのは容易かったのでは?男の人も同じ感じの行動をしたのでしょう。後は普通通り学校に向かって死体を発見するだけ。」
そう言い終わると光の文が粒子に代わり、メモにまた戻っていく。
パンッと閉じると周りに入りきらなかった粒子が小さい文字となってこぼれ落ち、弾け、消える。
勝ったと、心の内でガッツポーズをしていると、途端笑い声が響いた。
「大空、なにか勘違いしてるようだが、毎日コーヒーを飲んだぐらいじゃあ、毒の体制はできるが毒の効き目は飲んでない人とたいして変わらない。前、授業で話したはずだが、大空、お前聞いてなかったのか?」
その言葉を聞き終わったあと、背中が冷たくなった。
そう言えばそう言うこともいっていたような気がする。
今度は俺の方が不利な状況になった。
さっきの先生の心情が俺にすべて回ってきたような感覚だった。
これは行けると思ったのか、先生は更に言葉を連ねる。
「それに俺がしたと言う証拠もない。お前がどう言おうと警察は聞く耳を持たないだろうな?」
そう言って嫌みを含んだ言葉を目の前に突きつけられる。
そうだった、肝心な証拠がない。
天から地へ一気に叩き落とされた。
でもあの焦りようは絶対に犯人だ。
けれど、だけど、その人押しができる証拠が今手元にない。
「ねえ、まだ諦めない方がいいと思うよ、樹くん。」
その明るい声に先生の向こう側にいるであろう人物の姿を目に写し、その後目を丸くした。
先生は振り向き、同じような顔をする。
そして、
「何故お前が生きてるんだ?!この手で・・・」
犯人だと自白した。
「先生、何で私が昨日殺されたこと知ってるんですか?」
「それ・・・は。」
突然の事で口が先走ってしまったのだろう。
でも先生は余裕そうな笑みを向けていた。
「もしそれが事実だったとしてお前は現に生きてるじゃないか?それを証拠に突き付けたところで証拠にはならないぞ?」
「まあ、今此処に立ってますしね。じゃあ、これはどうですか?証拠にはなりませんかねぇ?」
そう言ってスカートのポケットからジッパーの袋に入った半透明で対角線上に折り目のついた紙を出した。
それを見た瞬間、先生から余裕そうな笑みがスッと消えた。
代わりに現れたのは焦り、絶望、疑問。
そして、さっきとは比べ物にならない低い声で問いかけた。
「お前それを何処で?」
「行けませんよー先生。あの女の先生にあげたスコポラミン入りの腹痛薬の薬包紙。机の引き出しに無造作に置いちゃあ。」
そう言って、悪戯笑みを浮かべる。
そして、俺の方に向き直る。
「樹君の推理はほぼほぼ合ってた。だけど、肝心なところの推理が外れてたから成立しなかったんだよ。樹君はエンジェル・トランペットの毒をそのまま使ったって言ってたけど実は精神操作の効果があるスコポラミンの成分だけを抽出して腹痛薬に混入したんだよ。後は、樹くんの推理通り。その証拠がこれ。どう?筋はあってるかな、詰貝先生?」
「・・・そうだ。その通りだよ。でも、惜しいな、結構如月の性格気にってたのに」
そう言って取り出したのは、銀色のナイフ。
刃先はうっすらと赤黒くなっていた。
それを取り出したとき瞬時に、如月さんが殺される。
そう思った後の行動は早かった。
走り出そうとした先生の腕を掴み、後ろへ押し流す。
そのままの流れで如月さんの前に手を広げて立つ。
「二度目は、させない。」
怖い癖に後の行動を考える余裕はあったようだ。
頭は冷静に状況を整理していく。
先生はまだ頭に来た衝撃でふらついていたが標的だけはしっかり捉えていたようで、徐々に近づいてくる。
その時、横から如月さんが歩いていた。
声より先に手が出て掴もうとしたが、スルリと手から零れた。
いや、すり抜けたの方が正しいのだろうか?
目の錯覚かそのように見えて顔をあげる。
横に居たはずの如月さんは扉の前に
俺は先生の前、先生は俺と如月さんの間
何故かさっきの配置に戻っていた。
さっきまで冷静に動いて整理していた頭もここまでは理解出来ず、《検索結果0件》と告げられていた。
先生もよく分からないのか、金縛りにあったように、如月さんを見つめ動かなくなっていた。
そんな状況に動じず、如月さんは言葉を発する。
「先生、殺そうとしたって無理ですよ?だって私
___もう既に死んでますから。」
「え?」
「は?」
そんなぶっ飛んだ発言はさっきまであれやこれやと考えていた思考を白紙にされるほどの爆弾発言を聞いて、俺と先生は同じような言葉しか出てこなかった。
そう言った後、何処からか駅員がよく被ってそうな制帽を取り出した。
そして被る。
その被る姿はスローモーションに見えて、何故か惹かれる点なんて無いはずなのに見いってしまう不思議な現象にもう頭は考えることを放棄してしまった。
そして、制帽が頭にぴったりと収まった瞬間、辺りを冷気が瞬き一つするより早く教室内を覆い尽くす。
よく演歌歌手の足元にドライアイスで作ったような雲も流れている。
そんな中、如月さんは青い炎の中服装が変わりつつあった。
藍色の駅員のような制服だが首が少し除く詰襟に、白色のショルダーボードはアニメで出てくるような軍服の服装そのものだった。
そして、さっきの目は細く鋭くさっきの明るい如月さんの面影は鳴りを潜めていた。
「さて、私も仕事をしなければなりませんからね。単刀直入に言います。詰貝先生、いえ、詰貝さん。貴方をお迎えに参りました。」
そう言って、詰貝先生に一歩、また一歩とゆっくり、しかし相手を焦らせるのには丁度良い早さで歩みを進めていく。
先生は訳が分からず、後ろへ手を震わせながら後ろへ進むので一向に差は縮まらない。
痺れを切らしたのか、溜め息を一つ吐き、徐ろに手を口の前に持っていくと口の中から二つの青白い炎を引っ張り出した。
そして、その二つに命令する。
「クロ、四谷、標的を捕まえて。」
そう言うや否や、それは凄い速さで詰貝先生に向かって行く。
それは徐々に人間の形に代わり、先生の背後に立ち、押さえた姿は対称的な二人の少女だった。
一人は金髪の緩いパーマのかかった少しチャラそうな少女。
一方は黒髪を三つ編みにして、眼鏡をかけた内気そうな子。
少女のはずなのに先生は全く振りほどけずされるがまま。
そんな先生の姿を見下ろすように立ち、淡々と言葉を落としていく。
「申し遅れました、私、霊界獄卒の如月と申します。貴方を迎えに来た理由は10人の罪もない人を殺めたからです。あなたの殺害理由は"仲の悪い夫婦を最後に仲良くさせようとした"で、合っていますね?」
その後も淡々と言葉を落とす。
要約すると、如月さんは霊界獄卒で、霊界獄卒とは10人以上を殺しておきながら裁かれず無罪、又は犯人候補から外れて難を逃れた人を迎えに行くと言うことらしい。
「さて、簡単な挨拶も終わったことですし・・・行きましょうか?」
そう言って、制服のポケットから髑髏をあしらった銀色の笛を取り出し、一吹きした。
少し悲鳴のような甲高い音が響く。
すると、地面が少し揺れた。
外が気になり、視線を窓の外に移す。
さっきの茜色に染まっていた空は、黒に飲み込まれ、しかし、白く輝く星粒が散乱する。
それはまるで宝石のようで。
月はもう少し近づけば指先が届くぐらい近い。
何より驚いたのは、周りにあった木々、第一教棟に至るまで、障害物となっていたものが、一切無くなっていたこと。
そんな光景に見とれていると、遠くの方からうごめく影がちらついていた。
それは段々大きくなり、其れが何なのか実態が見えてきた。
列車か。
おまけに汽笛の音まで聞こえる。
列車だ。
確信したときにはもう壁を突き抜け、壮大な穴をつくって、止まっていた。
【終点ー終点ー。次はヨミエキーヨミエキー。】
そういうアナウンスを告げて。
嫌だ嫌だと首を振る先生をクロと四谷という子が乗せていた。
如月さんは列車に乗り込むとき、俺の方を向き言った。
じゃあね、と。
もう会うことはない。
そんな事を言われているようでとても切なくなった。
列車が汽笛をならし煙を吹き、ゆっくりと出発する。
推理ショーで終わると思えばこんな信じられないような体験をしてしまった。
今日は日常が非日常になった日なのかもしれない。
そう考えると、楽しくて、怖くて、でももう少しこういう時間が続けばいいと思ったり。
とても複雑な感情の中何故か意識が遠退いた。
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