第三証 夜の探索

俺はその夜、あの学校に来ていた。

友達に教室に行こうと誘われ、渋々同行したもののすぐ見つかり逃げて学校を出た。

家に帰って腕時計を外そうと手首に触ると無いことに気づいたからだ。

すぐに引き換えそうと思ったが、調査の邪魔をしちゃ悪いと思ったし、今でも第一発見者として疑われているわけでまたあらぬ疑いをかけられるのも面倒だと言い訳を頭の中でグダグダと考えている内にこんな時間になっていた。


恐る恐る廊下の柱から覗く。

二人の警備員が規制線の前に立って一点を見つめピクリとも動かない。

何とかしたら行けるかもしれない。

一歩踏み出す。


「あれ何してんの?」


背後から聞こえた声に口を塞いで人差し指を立てる。

駆け足でその場から移動して言った。


「何やってんの、如月さん!」


小声で周りに聞こえないようにしながら、声を出した主に訴える。

当の本人はケロッとして、俺が見えたから着いてきたと言うこと。

要するに、原因は俺ね。

はあ、とため息を吐くとどうして来たのか事の顛末を話した。

それを聞くや否や如月さんは俺の手を引いて、それじゃあ取りに行こう?と笑顔で言う。

いや待て待て!警備員二人いるんだぞ!どうすんの!


そう言う訴えは脳内で発せられてもそれが外に出てくることは無かった。

笑顔の如月さんと焦る俺。

気付けばさっきの定位位置まで移動していた。


「樹君一寸交渉してくる。直ぐ帰ってくるから待ってて。」

「駄目だって、何してんの!これが先生に見つかったら怒られるって!」


これは流石に声に出さざるを得なかった。

けれど、如月さんは満面の笑み。

あーもう、眩しいなこの野郎!

俺が脳内で悪態をついているとはつい知らず如月さんは爆弾を投下し続ける。


「大丈夫!先生は全員帰ってるから。」

「そう言う問題じゃないって!ねえ、聞いてる?」

「聞いてる、聞いてる。」

「絶対聞いてないでしょ!じゃあ、今何しようとしてんの!」

「交渉しようとしてる。」

「ほら見たことか!だから駄目って言ってんじゃん!考え直そうよ!」

「大丈夫だって先生いないし。」

「だぁかぁらぁ、そう言う問題じゃないって言ってるの!ね、考え直そ?」

「じゃあね。」

「あ!」


如月さんの袖を掴もうとするがそれは空振りに終わった。

終焉

この二文字が頭の中で投影されていた。

終わった、と繰り返し嘆いていると、明るい声が暗闇を照らした。


「いいって!ほら行くよ。後一時間で交代だから其れまではいいって。」


手を引かれながら規制線を潜り、かつての教室、今は殺人事件が起きた現場と化したこの空間に足を踏み入れた。

まだ鉄の錆びた臭いが漂って気分が酔いそうだ。

いつの間にか如月さんはメモとペンを持って教室内を徘徊していた。

腕時計を見つけて振り替えると、死体があった場所を見下ろし顎に指を添え、考え事をしていた。

何も声を掛けられずに静かにその場に立ち尽くしていると、声を掛けられた。


「ねえ、樹君。もし君が犯人だとして二人を同時に殺すとしたらどうする?」


突拍子も無いことを聞かれ、驚く。

頭で考え、振り絞った答えは、睡眠薬を飲ませ眠らせてから刺すと言う結論に至った事を告げる。

んー。と唸られ、また下を見てしまった。

如月さんはさらに言葉を紡ぎ、繰り、編み出し、言葉を作っていく。

光の糸が、言葉がフヨフヨと教室内を浮遊している光景が目に写った。


「それが手っ取り早い方法だけど、聞いたところによるとそう言う薬を使ってたとも、体内からそう言う物質が出てきたと言う事も上ってない。」

「いっその事相討ちとかしてくれたら一番楽だと思うけど。」


俺が咄嗟に頭に浮かんだその言葉を口にした途端、如月さんの目の色が変わる。

ぶつぶつと呟く言葉が編み込んで光の糸が徐々に文を完成させていく。

光の羅列が空に浮かぶ。

空中で言葉が周りに浮かび取り巻いて何かに気づいた様子で頭をを勢いよくあげた瞬間、一斉に弾けた。


「それだ・・・それだよ!お手柄だよ、樹君!」

「え、そうなの?それはどういたしまして?」

「取り合えず時間もやばいし一端出るよ!」


また規制線を潜り、ぶっきら棒の警備員の横を通りすぎる。


「早い・・・ちょっと、待って!何でそんなに急いでんの?」

「だって、そうとするなら犯人は」


途中で声が途切れる。

気付いたときには押された感覚と頬に何か付いた感覚。

視界には目の前では如月がこっちを向いて庇うように手を広げ悲しそうに笑っていた姿。

その胸には鋭く鈍く光るものが突き出ていた。


「っあぁ・・・」


そして此方に倒れてくる。

直ぐに頭をあげるが刺したやつの顔は上手い具合に月の影に隠れて見えない。

目だけで恐怖と殺意を訴えていると、見えていないのか、放っておいても大丈夫と判断したのか俺を見下ろしたあと、去っていった。


「た、つる、君。君に、頼み、たい、事が・・・」

「もう喋るな!」


相手が廊下の角に消え、気配が完全に無くなった後即座に自分の持っていたハンカチで止血するが、胸の血は止まらず、ハンカチや手を赤く染めていく。

分かっていたことだけど、止まれと念を送るが、そんな超能力今だけでいいから使えたらな何て呑気に思う。

本当肝心なときに役に立ってくれない。

ただ呆然と見て、事が終わったとき初めて事の重大さに気付く。

自分を自傷していると、月の光を浴び一層白く輝く腕がそんな思考を止めてくれた。

そうでもないよ、と言うように柔らかくしかし何処か苦しそうな笑みを浮かべ、空気に混じった音が耳に届く。


「お願い、此れだけ、聞いて、明日_____、__、____お願い、出来る?」


耳元で振り絞られた声は空気に溶ける前にすべて拾う。

頷いた後、メモを震える手で渡し、その後頬に添えられていた手が力無く滑り落ちた。

視界が歪み、鼻を突くような感覚がした後、俺は静かに涙を如月さんに落とした。

貴方を守れなかったが、それでも、でも俺が守りたかったと言う思いが少しでも届いてくれただろうか?

届いてなくっても、もう手遅れだけど、でも君と会えて良かったなって思うよ。


「有り難う、幽夏さん。楽しかったよ。」

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