第9話

 伸ばしかけた腕が不自然な形で止まっている。空に向かって伸ばした手の中には何も掴まれていない。


「こ、ここは……」


 周りには誰もいない、俺が1人部屋の真ん中で寝ているだけ。ただおかしい所があるならあそこだろう。


 和室の中に模造刀を置いてある家、俺はそんな家をひとつしか知らない。


「間違いなく、俺の家だよな……」


 そんな時にタイミングよく障子の開く音がする。


彩月さつき……」


 振り向いた先にいた人を見て俺は絶句するしかなかった。


「すまんな、愛しの妹さんではなくて」


「……なんで、お前がここにいるんだ?」


 そこにいたのは俺のよく知るクラスメイトだった。いやしかし、彼は俺の家を知らないはずだ。一体全体なぜここにいるのだろうか。


 やはりジャーナリストなんて呼ばれるくらいだから独自の情報網なんかを持っているのかな……だとしたらこいつ相手に隠し事はしない方がいいな。いらない事まで暴かれそうだ。


「そんな事言うなよ、お前を運んできたのはこの俺だぞ」


 なんで、こいつがあの場にいるんだろう。普通に考えておかしいよな。


「……お前がか?」


「そうだぜ、塩水でベトベトになったお前を背負って俺までベトベトさ、妹さんに言って風呂を少し貸してもらったから今はなんともないけどな」


「となると、お前が着てるのは……」


「おう、風馬ふうまの私服だな」


 親指を突き立てて満面の笑みだ。


 正直な感想は胸の内に閉まっておこう。まぁ、そもそもこの家には男服が俺のものしかない。両親の服は必要最低限だけ残し全て売り払ってしまったからだ。今思うと少しもったいないことをしたのかもしれないと感じるが、何となく残しておきたくなかったのだ。


「それよりも、だ……」


 一瞬にして場の空気が変わる。


 のぞむは真剣な表情で俺の顔を見つめる。


「風馬よ、風霧かざきりさんと付き合ってるのか?」


 なんの脈絡もなく突然に突拍子もなくどストレートに切り込んできた。ゆるゆるしたキャッチボールでいきなり160キロの豪速球を投げられた気分だ。漫画とかではよくあるお茶を吹き出すシーン。


 ああ、主人公ってこんな気持ちなのね。それはお茶を吹きたくもなるさ……。


「どどどうしてそうなりゅんだ……」


 落ち着こうと努力したが噛み噛みだった。そもそも付き合う以前に人として付き合うことすらまだまともに出来ていないのになんでそんなこと聞くんだよ。

 ただただ付き合うという単語だけで迂闊うかつにも動揺してしまった。


「いや、どうしてってお前風霧さんと一緒に海に行ったんだろ。それってつまりな?」


 何かを確認するように、実際に確認している……のだけれど、全くそうでは無い。


 とんでもない誤解があるようだ。

 風霧さんからは聞かされていないのだろうか。どうしてそうなったかの経緯を最初から望に説明することになった。


 しかし、夢のことは一応伏せておいた。別に馬鹿にされるなどと思った訳では無い、むしろ望なら進んで聞きたがるだろう。ジャーナリスト魂がどうこうとか言ってね。まぁ、正直隠しておきたかった。それだけだ、自分自身の分からないことを他人に知られたくなかった。自分よりも他人に先を越されたくなかった、ちっぽけな自尊心プライドだ。いやしかし彼はそう考えていることが分かってしまっているのだろうな。


「なるほどなぁ〜、俺が調査をしている時にそんなことがねぇ」


 望は笑っていた。とても楽しそうに、俺よりも俺の事で楽しんでいた。少なくとも俺にはそう見えた。


「それで、どうなんだ?」


 ニヤニヤと望が問いかける。


「どうって、何がさ」


「とぼけるなよ、風霧さんだよ」


「ないよ、俺には釣り合わないさ」


 まさに高嶺の花。俺には届かない所に可憐に咲いている美しい花。


 そんな俺を見て「…… やっぱり自分で思い出すのが1番だな」と、望は呟いた。

 一体何をさして言ったのだろうか。

 そして、俺が聞くよりも前にもう一言「もう干渉はしないさ、気長に待ってみるよ」と……いや、だからなんの事だ?


 そしてなぜか望は高らかに笑っていた。


「妹さんを呼んでくるよ」


 そう言って彼は部屋を後にした。

 一体何がそんなに面白いのだろうか、一体何を伝えようとしたのか何に干渉したのかわけのわからないことばっかりだ。何がなんなのか俺にはさっぱりだ。




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