第8話
俺は見たことがある銅像の前にいる。
これはバス停の前にあるよく分からないやつだ。
そんな中、俺の正面に立つ彼女はこちらを見つめて笑っている……いや、笑っているのか? よく分からない。
なんせ顔のあたりは黒くモヤモヤしているのだから。なんか最近こんなのばっかだ。
「ふうくん、こっちだよ」
そう言って前を歩いていく。
少なくとも声からは嬉しさのような喜びのようなものを感じる。そんな彼女を見ていると決まっていつも懐かしさと悲しさが込み上げてくる。
しかしなぜ彼女は、少女の顔はいつも黒くモヤがかかっているのだろうか。
ん? いつも? さっきから何度も何度もいつもいつもと思っていたが、俺はこの夢を何度か見ているというのか。ならなんで何もしないんだ。なにか行動を起こして然るべきではないのか?
「ね、なんでだろうね」
クスクスと見透かしたように少女が笑って振り返る。相変わらずどんな表情は隠れてしまっている。
「……君は、何か知っているのか?」
自分でもよく考えずそう尋ねていた。この状況に対する答えが欲しかったのだろう。
しかしそうは言いながらも俺の中ではひとつ確かとはいえないが考えがあった。
「……何か、ね。知っているといえば知っているわ、でも知らないといえば知らない。そもそも私は知っていることしか知らないの。ついでに言うなら私は私であっても私じゃないわ、事実私は君の中にある記憶の一部に過ぎないんだからね」
そこは自分で確かめないとね、そう言って彼女は俺の手を引っ張った。
いかに自分の記憶とは言えど心を読まれているようで気味が悪いのは確かだ。
「……どうしてここなんだ?」
いきなり目の前が
「さぁ? 自分の胸に聞いてみたらどうかな、とは言っても考えるまでもないと思うよ」
そう言って彼女は笑う。
その姿が背景と一体化した、ように見えた。声も出ていないのに、彼女の顔は見たこともないのになぜか想像ができる。どんな表情をしているのか。どんなふうに笑うのか。
いや、これも気のせいというやつだろうか。
一瞬、モヤが晴れたようなそんな気がしたがその後変化はなかった。
「君は、何者なんだ……」
「言っているじゃない、ふうくんの記憶の一部」
迷いなく言い切り、俺の頭をワシャワシャと
「人の中に隠された願望、現実では叶わないが故に夢なら叶う、なんでも出来る。それでも夢でしか叶わない。でもだからこそ本当の自分と向き合える。今の自分というものを再確認出来る。それが夢ということでしょうね……まぁもっともそんなことを考えて夢を見ている人なんていないのでしょうけど」
彼女は高らかに笑う。気持ちがいいくらいによく響く声に聞こえた。
「つまり、これは僕の願望の、本当の気持ちの具現化をしているのか?」
しかしそこで彼女は目に見えて顔をゆがめる。
「そこが難しい所なんだよ。正直なところ己の欲望を具現化したのが夢かどうかなんてわからない。何をどう具現化したのかなんて誰にもわからないでしょ、そもそも何を夢と定義付けるのかとかね。それにこんなのあくまでただの仮説でしかないし、なによりこの状況が不可解なの」
確かに、今までここまで彼女と会話をしたことは無い。いつも決められたレールの上を決められたスピードで走っていたかのような。それが突然切り替えられた、そんな気がする。
何もかもが断片的で確固たる証拠がある訳では無い。そして何故か俺はこれまでのことを少しだけ思い出していた。
「……
彼女のその独り言は小さすぎて俺は聴き逃してしまう。
「まぁ、そこら辺は今は置いておきましょう。大事なのは思い出すこと」
そこでふと思い出すことがあった。
「……俺はいつから海が嫌いに、いや苦手になったのかな」
別に生理的に無理だとかアレルギーだとかそんなものは無い。もちろん普通に泳げる、これでも運動神経はいい方だと思っている。何はともあれプールには余裕で入れる、川も大丈夫だ。でもなぜか海水浴は出来ない。
そもそも行きたいとすら思わない。
いつの間にか足が遠のき知らず知らずのうちに避けていた、違う避けていたんじゃない、逃げていた。理由は分からないが海を本能的に都合が悪いと考えていたというわけか。
何があったかはわからない。
でもそれはつまり、俺に現実と向き合うこと、真実を受け入れることに対する覚悟が足りなかったということなのか。
「……そろそろだね、健闘を祈るわ」
彼女がそう告げると次の瞬間、視界が
「あっ、君の……」
声は彼女に届かない。
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