第4話 天馬先輩は想いを告げる

「びっくりしました?」

 

 公園の片隅に移動したゴルゴンちゃんは、イタズラが成功した子供のような笑みを浮かべる。

 

「ああ」

 

 天馬はちらりと武瑠を見る。

 彼の体はまだ硬直しているようだった。

 幾百の魔具の使い手アイテムマスターであるならば、魔眼よけの護符も用意していたはずだが、ゴブリンちゃーむの魔力を防ぐことはできなかったようだ。

 

 その結果自体は、その身に何度もゴルゴンちゃーむを受けている天馬からすれば納得できた。

 しかし……

 

 ゴルゴンちゃーむは、ゴルゴンちゃんの想いが暴走した時に発動する魔術であって、意図的に発動する術ではなかったはずなのだ。

 

「じつは、少しずつコントロールができるようになったんです」

 

 ゴルゴンちゃんは天馬を見上げ、微笑んだ。

 

「天馬先輩、あなたと出会ってから、わたしは変わり始めたんです」

 

 その漆黒の瞳が天馬の瞳をじっと見つめる。

 天馬も眼をそらすことなくゴルゴンちゃんを視る。

 

「天馬先輩がわたしを拒む理由は知っています。すみれお姉様から話は聞きました」

 

 神野すみれ

 女子大生ながらこの街の闇を統治する神野家の当主であり、天馬とゴルゴンちゃんの保護者的存在であった。

 

「すみれ姉さんか……」


 彼女なら天馬のすべてを知っているし、そのことをゴルゴンちゃんに語るだろう。


「天馬先輩は物凄く強いのに、それでも至らず、辿り着いたとしても死と隣り合わせの闇の世界……」


「そうだ。俺は、父を母を、そして妹を奪った存在を……、魔獣を倒したい。そのためにも俺は円卓の騎士になりたい」


 幼き日に天馬は家族を、家を失った。

 彼に遺されたのは、魔獣に対する絶対的な怒りであった。

 だが、魔獣と戦うには円卓の騎士になる必要があり、騎士になるためにはある条件を満たす必要があった。

 

 それは世界で最強クラスの能力者であること。

 そして、それは並の退魔士では魔獣に勝つことは不可能であり、最強クラスであっても魔獣に勝利することは困難であることを意味していた。

 

「この願いは、俺の自己満足でしかない。だから、そんな事のために、遠山、お前を連れていくつもりはない」

 

 天馬はゴルゴンちゃんを見つめる。

 天馬の真摯な瞳がゴルゴンちゃんを射抜く。

 そんな天馬の表情をみて、ゴルゴンちゃんは震えた。

 喜びによって。

 なぜなら、それだけ天馬愛する男が自分の事を|大切に思ってくれているスキ!スキ!大好き!なのだから

 

「君を娶ることはできない」

 

「いやです」

 

 ゴルゴンちゃんは天馬を見る。


「わたしは天馬先輩のイエスの答えを待っています。でも、もう手遅れです。ノーといっても諦めません」


 天馬はゴルゴンちゃんの視線想いをまっすぐに受け止める。


 不器用な人だ、とゴルゴンちゃんは思った。

 拒絶するのなら、ゴルゴンちゃんを無視すればいい。

 しかし、天馬は自分に好意を寄せている相手に対して非道な事ができない。

 

 だから、天馬は彼女の全てを、彼女として受け止め、

 だから、ゴルゴンちゃんは、彼への愛を高めていく。

 

「わたしを娶ればあなたは強くなれます」

 

 それは確信、そして運命

 

 そもそも、ゴルゴンちゃんはそのために生まれたのだ。

 

「わたしはあなたの夢を叶えます。それがわたしの存在意義」

 

 それこそがわたしの望み、それだけがわたしが生まれてきた理由

 天馬を愛するのはそれだけで十分だったはずなのに……

 

「そして」

 

 でも、もうそれだけでは満足できなかった。

 天馬によって、ゴルゴンちゃんは変えられてしまった。

 ……そう彼女たちのように……

 

 だから

 

「天馬先輩、私はあなたを幸せにします」

 

 それがわたしの、私の願い

 修羅の道を歩む戦士にも、休息が必要だ。

 この駅前広場の人々のような幸せのスパイスを貴方にあげたい

 

 思いっきり甘い愛を

 そんな風にわたしを私色に染め上げたのは、あなただから……

 絡み合う二人の視線

 

「だから、絶対わたしをめとって……、あっ!」

 

 ゴルゴンちゃんは、 天馬から視線をはずし、虚空を睨む。

 最初は戸惑った天馬だったが、わずかに遅れて天馬も気付いた。

 ゴルゴンちゃんが視たものに。

 

 二人に近づいてくる魔の気配を……

 天馬はゴルゴンちゃんを両腕で抱きかかえた。

 いわゆるお姫様抱っこだ。

 

「て、天馬先輩!」

 

「飛ぶぞ」

 

 突然のお姫様抱っこご褒美に顔を赤らめ叫ぶゴルゴンちゃんと対照的に天馬は冷静であった。

 欠落した加護リミテッドギフトに精神を集中する。

 イメージするは<雷>

 そして、天馬は駅舎の屋上を見つめた。

 

 次の刹那、視界が一瞬で変わる。

 二人は駅舎の屋上にいた。

 300メートルほどの距離を一瞬に移動したのだ。

 瞬間転移、それが、欠落した加護リミテッドギフトの雷の加護であった。

 絶大な力だが代償や制約も多い。

 視界内でしか移動できないし、脳の負荷も大きい。

 それまでと全く異なる視界、状況に順応しようとしても、脳の処理が追いつかないのだ。

 頭痛に顔をしかめながら天馬はゴルゴンちゃんに尋ねる。

 

「大丈夫か」

 

「はい、大丈夫です」

 

 天馬の予想より遥かに元気な声でゴルゴンちゃんは答える。

 

「ならいい」

 

 頭痛を無視し、天馬は新たな転移先を選ぶ。

 二人を追うものを引きつけ、戦場へ導くために


「いくぞ」


 瞬く間にかわっていく視界

 十数度の瞬間転移の果てに辿りついたのは、あまり人が通ることのない裏路地であった。


 天馬はゴルゴンちゃんを下ろすと同時に、呪符を取り出し、欠落した加護リミテッドギフトに意識を向ける。

 イメージするは「雷」ではなく「森」

 欠落した加護リミテッドギフトから膨大な<森>の魔力が引き出せれる。

 天馬には魔術の才能がない。

 それゆえに呪符などのアイテムに頼る必要があるが、アイテムの起動には魔力が必要だ。

 

 本来の天馬なら不足してしまう魔力も、欠落した加護リミテッドギフトの森の加護を使用すれば、周囲に満ちる魔力を己のものとして使用できるのだ。


 今、天馬が使用したのは「人払いの結界の護符」


 これで、天馬とゴルゴンちゃん以外のものがこの路地裏を訪れることはない。


 ……人ならば

 

 だが、二人を追っていたのは人ではなかった。

 

「AAAAAAAHA!」

 

 二人の前に現れたのは、半透明の巨人であった。

 その巨体から魔力が零れていく

 霊体に満ちた荒々しい魔力が、その霊体に収まりきらずあふれているのだ。

 並の魔力ではなかった。

 

「狂える半神か……」

 

 天馬は迫りくる魔の正体を悟った。

 

「そうです。だけど、それは彼のものの異能の力が半神クラスであることを意味するだけのこと」

 

 ゴルゴンちゃんは断定した。

 その瞳は半神を視ている。

 彼女の眼が、半神の全てが見通す。

 

「その正体は、名もなく、滅びかけた山神を核にした無数の霊や魔の集合体です。半神クラスに至るまで融合した結果、もはや明確な意思もなく、ただ存在するために他者の魔力を喰らうものになりさがった獣。大丈夫、本気をだした天馬先輩なら勝てます」


 天馬は苦笑する。

 天馬よりも先に魔力を視て、瞬間転移による精神負担も負うことはない。

 護る存在であるゴルゴンちゃんのほうが、天馬よりも優れているところもあるのだ。

 

 もっと……

 もっと鍛えないと……


 だが、今は眼の前の半神である。


 ゴルゴンちゃんの視たとおり、知性は獣なみでも、その魔力は並の退魔士では太刀打ちできないレベルであった。

 天馬といえども、本気を出す必要のある相手であった。

 

 天馬は両手を胸の前に突き出し、呪を唱える。

 

「顕現せよ、虚偽の聖剣フェイクエクスカリバー

 

 言霊とともに、両手持ちの西洋剣が現れる。

 鞘のない抜き身の聖剣

 だが、その刀身に鋼の輝きはなかった。

 銀色の輝きではなく純白の光沢

 そう、刀身の硬化プラスチックできていた。

 まるでおもちゃの剣のように……

 

 偽りの聖剣フェイクエクスカリバーを片手にもち、天馬は半神と対峙する。

 半神が執拗に二人を負った理由を天馬は知っていた。

 

 半神の狙いはゴルゴンちゃんだ。

 

 空子の話だと、今の彼女は魔から見ると極上のデザートらしい

 だから、彼女は魔に狙われている。

 天馬とゴルゴンちゃんの出会いも。魔に襲われた彼女を目撃し、助けたからだった。

 それから何度もゴルゴンちゃんは魔に襲われ……

 全ての魔を天馬が滅ぼしていた。

  

 だから、知っている。

 ゴルゴンちゃんを狙う魔は滅ぼさなければ、いつまでも彼女をつけ狙うことを……

 ゆえに

 

「お前は確実にここで滅ぼす」

 

天馬は宣言する。

 その横顔をゴルゴンちゃんは見た。

 闘う戦士の横顔を。

 

「遠山、耳を塞げ」

 

「は、はいっ!」

 

 ゴルゴンちゃんは慌てて耳をふさぐ。

 二人の目の前には、ゴルゴンちゃんを狙う半神がいる。

 だけど、ゴルゴンちゃんは……

 その瞳は、天馬の顔から離れられない。

 

 もともと精悍な顔つきの天馬だったが、難敵を相手にさらにその視線は鋭くなる。

 その視線の先には映るのは、自分ではなく半神の姿

 今、天馬はその力のすべてを半神に向けていた。

 この瞬間、彼の思考からゴルゴンちゃんは消えていた。


 すべてを

 すべてを魔獣を倒すために鍛え上げてきたすべてを込めた一刀を放つことのみに彼の全ては注がれていた。

 

 そしてゴルゴンちゃんは視る。

 天馬の”力"が跳ね上がるのを。


 ゴルゴンちゃんは幻視する。

 黄金の甲冑をまとい、紅の長い剣を構えた陽光の王を……

 ……それはもう適うことはない幻影だとしても


 少女は彼を見つめる。

 絶対に諦めない、揺るがない意志を宿した瞳を

 あの瞳を私はかつて見た。

 忘れるはずがない。

 たとえ、生まれ変わったとしても、あの瞳を忘れることはない……


 だけど、そんなことよりも…

 ただゴルゴンちゃんを護る、そのために。

 鬼神のごとき、力を振るおうとするする愛する男の雄姿に

 

 心が震える

 心が溢れる。

 

 彼が歩んできた人生のすべてを使って、天馬は特別な存在ゴルゴンちゃんのために半神に挑む。

 天馬が偽りの聖剣フェイクエクスカリバーを構え、一歩前へ進む

 相対していた半神は一歩後ずさりする。

 

 半神は天馬の存在に怯えたのだ。

 

 今の彼なら、神とさえ互角に戦うことができることに、半神は悟ったのだ。


 だが、遅い。

 

「斬り開け!……」

 

 次の刹那、半神は全身を切り裂かれ、一瞬で消滅した。





*****


 天馬はビルの壁の傷を撫でた。

 壁には1メートルの長さの直線の傷

 

 その真新しい傷をなぞり、天馬はため息をついた。

「まだまだ未熟か……」

 

 いつになったら、天馬の望む高みへと辿りつくのか……

 もしかしたら辿りつけないかもしれない。

 

 それでも、天馬は諦めることができない。

「俺はいつか……」

 そう呟いた時、背後から天馬に襲い掛かるものがいた。

「てーんませんぱーい」

 

 それはゴルゴンちゃんであった。

 ジャンプして背中から天馬の首に腕を回し、抱きついていく。

 

 身長さもあって、まるでおんぶをしているようなカタチになるがゴルゴンちゃんは気にしなかった。

 愛が、天馬先輩への愛があふれまくっているのだ。


「てんませんぱい! わたしのこと好きすぎでしょ」


 ゴルゴンちゃんは自分の頬を、天馬の頬にすりつける。


「何を言っているんだ。離れろ……」


「はなれませーん」


 天馬の運動神経なら、ゴルゴンちゃんの抱きつきをかわすこともできたはずだ。

 それなのに、天馬はよけなかった。


 それはつまり……


 ゴルゴンちゃんは、天馬の横顔をみる。

 無表情だが、その瞳を見れば、困惑し、戸惑っていることがわかる。

 半神を滅ぼした時の戦士と同一人物とは思えないほどのうろたえぶりであった。

 そのギャップがゴルゴンちゃんは愛おしかった。


「遠山」


 心の動揺をポーカーフェイスで乗り切ろうとしているのが、またかわいらしいと思った。

 

「天馬先輩、私を大切にしてくれるあなたが大好きです」


 ドキドキしながら、背中に豊満な胸自分の武器を押しつける。


「天馬先輩、わたしなら貴方を幸せにできます。だから……」


 自分の想いを伝えたくてゴルゴンちゃんは天馬を力強く抱きしめた。


「はやく、わたしを娶ってくださいね!」







 この物語は、美少女眼鏡っ娘であるゴルゴンちゃんが、運命の相手である天馬に出会い……

 

 ……そして娶られるまでの物語である。



【作者からのワンポイント解説!】

★ゴルゴンちゃんは恋してかわっていくのです。

★すみれ姉さんは、JDでお洒落眼鏡美女です。

★ゴルゴンちゃんはメロメロですが、天馬先輩は……

★パイロット版(出会ってから1週間目)はここまで、本編も書く予定です。


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ゴルゴンちゃんは娶られたい! 天馬先輩は断わりたい 水無月冬弥 @toya_minazuki

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