第3話 ゴルゴンちゃんは本心を知る
「いや~、あの堅物退魔士がこんなあまーいデートをするなんて、いいもん見せてもらったわ」
空子はニヤニヤ笑いながら、天馬を見る。
彼女は、日本の闇の世界を統べる天皇家直属の組織「桜花」の一員であるのと同時に天馬の同級生であった。
この 1週間、学校で散々、天馬とゴルゴンちゃんのやりとりを見て、天馬をからかっていた。
しかも、それだけでなく……
「いろいろ遠山に教えていたようだな」
「ふふっ、そうや。ゴルゴンちゃんの恋の師匠や!」
ドヤ顔で空子は答える。
常に冷静な天馬であったが、さすがにイラっとする。
「……なにが狙いだ」
表の顔であるイタズラ好きやりたい放題の女子高生としての空子ならば、彼女の行動は納得がいく。
しかし、闇の顔である桜花の構成員として彼女を見るのであれば、人類の敵となる可能性もある闇のものと、それを狩る退魔士の恋を後押しすることはしないはずだ。
「うーん、趣味と実益こみこみかな? でも、私の意図はわかっているんじゃないの?」
笑みを浮かべる空子だが、先ほどまでの楽しげな笑みとは異なっていた。
真意が読めない謎めいた笑みを浮かべている。
「……遠山を娶る。それが言葉通りの意味か、そうでないかはわからないが、遠山とそうなることで俺は強くなるのか」
「そうや、あんたが願っても叶わないでいる円卓の騎士への登録資格を得ることができるかもしれないくらい強くなるはずや」
空子の丸眼鏡の奥の細目がさらに細くなる。
「ゴルゴンちゃんもそれを望んでいる。なら、誰から見てもウィンウィンの状況やないか」
「……だが」
天馬はためらう。
「円卓の騎士になる」
それが彼の目標であり、周囲にどれだけ止められても諦められなかった夢であった。
「だからといって、彼女をモノのように扱うのはどうなんだ? それに、仮に円卓の騎士になれたとしても、遠山を死地にたたせることになる」
天馬の答えに空子の笑みがさらに深くなる。
「ほう。天馬はゴルゴンちゃんが本当に大切なんやな」
「女性を守るのは男の務めだ」
「また古くさい主義やな。ゴルゴンちゃんが死地にいくのも厭わないと考えていてもあかんのか」
「ああ」
天馬は頷いた。
「ゴルゴンちゃんをそんなに護りたいんか」
「ああ」
天馬は力強く頷いた。
「でも、あんたが娶られなくても、彼女は魔を呼んでしまう習性がある、命の危機は今でもあるんや」
「俺が倒せばいい」
天馬は断言する。
「男前やな、なら……」
空子が天馬を見つめる。
「もしも、私がゴルゴンちゃんと同じ立場だったら……」
それまでの態度が嘘のように、空子は切なそうに、弱々しく、縋るように空子は上目づかいで天馬を見る。
「私を……助けて……くれる?」
そこには先ほどまでの意地の悪い笑みを浮かべた少女の姿はなかった。
そこにいるのは、助けを求めるか弱い少女であった。
そえに対して……
「なぜ、助ける必要がある?」
心底嫌そうな顔をして即答する天馬をみて、空子は苦笑した。
「ひどいわ、あんたのために私がどれだけ苦労して……」
「それ以上に迷惑を被っている気がするが……」
過去の出来事を思い返しつつ天馬は答える。
退魔士としての天馬にとって、空子は依頼人であった。
彼女の依頼をいろいろと処理をしていたが……、酷い依頼ばかりであった。
その結果、天馬は退魔士としての腕を飛躍的に向上させることができたのだが、感謝よりも恨みのほうが多くなるのは当然であった。
「ま、まあ、私の事は置いておくとして、他の人でもゴルゴンちゃんと同じように護る気あんの?」
「それは……」
天馬は答えをためらう。
彼はリアリストであり、ビジネスライクであった。
眼の前で行われる悲劇を救うことは何度もあったが、善意で依頼をこなしたこともなければ、無料でアフターケアすることもなかった。
「あんたは、あんたの望みを叶えるために生きている。それ以外の余分なことはしたくないはずや、それなのにゴルゴンちゃんのことになると、急に行動がちぐはぐになる」
空子は指摘する。
「そろそろ認めたらどうや、あんたにとってゴルゴンちゃんは特別やって」
天馬はゴルゴンちゃんの事を考えた。
まだ会って一週間しか経っていないが、彼の心に住み着いてしまった一人の少女の事を
「そうだな」
天馬は頷くしかなった。
「遠山はどうやら俺にとって特別らしい」
「よお言った、天馬」
空子はニヤリと笑う。
「ということで、特別な存在らしいで、ゴルゴンちゃん」
その狐のような細い眼は、天馬の背後を見ていた。
天馬があわてて振り返ると、そこには、顔を真っ赤にしたゴルゴンちゃんの姿があった。
その手には、空子特性の隠形の呪符が握られていた。
彼女の存在を、天馬から隠すために、空子があらかじめ与えたのだろう。
と言うことは……
「空子、お前!」
空子のほうを見ると、忽然とその姿が消えていた。
隠れる、逃げる、その点においてなら空子は天馬より優れていた。
……天馬が空子の存在に気付いたのも、もしかしたら、いや、確実に天馬の本心をゴルゴンちゃんに聞かせるためだったに違いない。
「て、てんませんぱ~い」
ゴルゴンちゃんの目から、いや、全身から魔力があふれ出ている。
「私をめとってくださーい!」
今日、2度目のゴルゴンちゃーむであった。
*****
「えへへへ、天馬せんぱーい」
なんとか買い物を終え、駅前の公園を歩いている二人であったが、ゴルゴンちゃんは蕩けきった声で、天馬の左腕に抱きついてくる。
「遠山、歩きにくいんだが」
「えへへへへえ、わたしは天馬先輩の特別なんでーす」
ゴルゴンちゃんの頭はもうショート寸前であった。
「……」
天馬はそのまま歩いていく。
2回目のゴルゴンちゃーむ以降、ゴルゴンちゃんはずっとこの調子だった。
「遠山~」
「は~い、天馬先輩の特別な存在 ゴルゴンちゃんでーす」
「……」
仕方なく天馬は無言で歩く、右手には買った洋服の入った紙袋、左手には蕩けるチーズなゴルゴンちゃん
歩きづらさはあるが、鍛え抜かれた体は苦も無く、
「とりあえず、喫茶店でも寄ったほうがいいのか」
おそらくどこかに隠れている空子にも聞こえるようにいったが反応はなかった。
「……」
その時であった。
「よお、
天馬の前に立ちはだかる少年がいた。
年の頃は天馬と同じくらい
天馬に劣ってはいるものの長身で、整った顔立ちをしていた。
着ている服は、カジュアルなシャツにスラックス
洗練されたデザインから高級品であることは服に疎い天馬でも理解できた。
彼の名は、
多くの一流術者を排出した天道家の嫡男であり、未成年でありながら、
「天道。これはデートではない」
天馬が猛留の言葉を否定するが、猛留は眉をひそめる
「デートじゃない? その状態でか?」
銀縁の眼鏡の奥の瞳が天馬の左腕あたりを見る。
「ちゅきー、天馬先輩、だいちゅきーですぅ」
天馬の腕を抱きかかえたまま、ゴルゴンちゃんは未だに蕩けきったままであった。
「……」
「……」
「……それえ何の用だ? 天道」
しばしの沈黙の後、二人のゆく手を遮るように立ちはだかる猛留に天馬は尋ねる。
「もちろん、勝負だよ
猛留は闘志をむき出しにした戦士の笑みを天馬に向けた。
そう二人はライバルであった。
これまでに何度も戦いあい、競い合った二人
その二人が今日も……
「断わる」
「え」
天馬の声に思わず猛留は驚きの声をあげる。
「俺は
天馬はゴルゴンちゃんを見る。
優しげな笑みで
「お前の言うとおり、これがデートならば、闘うのは野暮じゃないのか。服部さん、あなたもそう思うでしょ?」
そう言いつつ、天馬の視線は、猛留の背後に控えるスーツ姿の女性にむけられる、
腰まで伸びた髪を首の後ろで束ねた細身の眼鏡をかけた美少女
彼女の名は、
猛留の従者である彼女であった。
「……」
静香は答えなかった。
「やはり駄目か」
彼女が猛留を諌める事に一縷の望みを託したが、やはり無駄であった。
猛留の従者である彼女は、猛留に対して愚かなほど従順であり、かなりの無茶でも主の指示に従うのであった。
「天馬、お前に選択肢はな…」
「うるさいです」
その瞬間、猛留の体が停止した。
「……ゴルゴンちゃーむ」
天馬の腕にしがみついたまま、ゴルゴンちゃんの瞳と眼鏡のレンズが輝いていた。
「わたしの恋の邪魔はさせない」
猛留の体が固まった倒れる。
「猛留様!」
それまで猛留の背後に控えていた静香が血相を変えて、カチコチのまま倒れる猛留に駆け寄る。
「さっ、いきましょ!」
驚いて目を見開く天馬の腕を引いて、ゴルゴンちゃんは歩き出した。
【作者からのワンポイント解説!】
★空子ちゃんは、天馬先輩の同級生な、丸眼鏡な悪戯好き美少女
★日本のすげえオカルト組織”桜花”の一員
★いろいろな理由で、空子さんは、恋の後押し
★「自分が特別な存在」その事を知ったゴルゴンちゃんは、愛に蕩けるしかなかった。
★天馬先輩のライバル天道猛留は、眼鏡イケメンで、幾百の魔具の使い手(アイテムマスター)と呼ばれる凄腕退魔士
★天馬先輩は、なぜか偽者(フェイカー)と呼ばれている。
★従者の服部静香は、細見の眼鏡をかけたクールな美少女
★ライバルの2人は闘わないが……、そこへまさかのゴルゴンちゃーむ
★愛する先輩のライバルを倒し、ゴルゴンちゃんはどこへ行くのか……
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