第2話 天馬先輩は断わりたい


 ゴルゴンちゃんの眼を、そして眼鏡を扉として魔力が放たれた。

 それは「魔眼」

 視界を起点に発動する魔術

 視る事で発動可能がゆえにかわすことは難しい。


 しかも、天馬はゴルゴンちゃんの真正面に立っているのだ。


 そえゆえに……


 天馬は意識を自分の胸元の十字架のペンダントに向けるた。

 その意志に呼応して、十字架にはめこまれた蒼玉から<氷>の魔力が解放され、ゴルゴンちゃんの視線を遮るように、結界を創り出し、魔眼の魔力を受け止める。

 堅牢なる氷の魔力は完全に受け止め……

 さらにゴルゴンちゃんに反射する。


「あう!」

 

 魔力の逆流を受け、びくんと体を震わせる。


「もう! 痛いじゃないの!」

 

 ゴルゴンちゃんは怒鳴ったあと我に返り、きょろきょろとあたりを見回す。


「まさか、わたし、またやっちゃいました」


「ああ」


 天馬は頷いた。


 ゴルゴンちゃんは人間ではない。

 吸血鬼、人狼などに代表される人外の存在「闇のもの」であった。

 種族に関しては「天馬先輩、女の子はミステリアスなところがあるのですよ!」といわれ未だに天馬も知らないのだが、そんな彼女が自己申告しているのが「魔眼」であった。

 ゴルゴンちゃん曰く「本当は、ちょーすごい力」らしいのだが、ゴルゴンちゃんはほとんど制御ができないらしい。

 普段は魔力の込められた眼鏡をかけて魔眼の力を封じているが、感情の起伏より魔力が暴走し、「停止」の魔力を放つことがあった。

 有効射程距離はその時の感情により変化するが、魔力の継続時間が数秒程度。


 それこそが魔術「ゴルゴンちゃーむ」(ゴルゴンちゃん命名)であった。

 

 ゴルゴンちゃんの「漆黒の瞳を見たものは、心を奪われ動けなくなる」という噂は、この魔術に偶然巻き込まれたものが何人もいたことから拡散した噂であった。


「すみません」

 

「いや、俺はなんとか防いだから、大丈夫だ」

 

 天馬のもつ十字架のペンダント「欠落した加護リミテッドギフト」も、ゴルゴンちゃんの眼鏡とおなじ魔力の込められた装備「魔具」であった。

 その氷の加護により、ゴルゴンちゃんの魔力を反射したわけであるが……


「それほど痛くないように反射したつもりだが、とっさのことで調整がうまくできなかった。すまない」


 天馬は頭を下げる。

 ゴルゴンちゃんが闇のものであるように、天馬もただの人間ではなかった。

 学校の成績でいえばごくごく平凡な学生である天馬であったが、その真の姿は、闇のものを倒すことを生業とする退魔士であった。

 それゆえにゴルゴンちゃんの魔術に抵抗することができたわけだが……

 

「天馬先輩は悪くありません。悪いのは、この……」

 

 ゴルゴンちゃんは天馬の胸元を見る。


「この欠陥だらけのじゃじゃ馬のせいです」

 

 ゴルゴンちゃんがジト目で見ていたのは、欠落した加護リミテッドギフトであった。

 

「マスターの意志に応じられないとは情けないです、こんなヘッポコ魔具はとっとと廃棄処分しましょう」


 ゴルゴンちゃんの言うとおり、欠落した加護リミテッドギフトは魔具としてはかなり使いづらい道具であった。

 だが……


「いや、これは俺の大切なものだ」


 天馬にとってはかけがえのない相棒であった。

 天馬の答えに、ゴルゴンちゃんは剝れる。


「……ひどい! わたしというものがありながら」


「いや、欠落した加護リミテッドギフトは女性じゃないし、そもそも遠山と俺はただの知り合い……」


「ち・が・い・ま・す。天馬先輩とわたしは相思相愛のラブラブカップルになる予定なんです」


 ゴルゴンちゃんは天馬の左腕に抱きつく。

 

 天馬の腕に、服越しではあるが、柔らかい2つの山の感触が伝わってくる。


「おい……」

 

 焦る天馬をみて、ゴルゴンちゃんは機嫌を直す。

 天馬は嫌がる素振りをするものの、力任せに振り払うことはない。

 それはつまり、恥ずかしさはあるものの、腕を組むことを拒絶していないのだ。


「天馬先輩、まだデートははじまったばかりですよ、早く行きましょう」


 反論しようとした天馬であったが、その言葉を呑みこむ。

 カップルになる気はない、当然、娶るつもりもない。

 だが、ゴルゴンちゃんとの会話を、この他愛のないやりとりを、天馬自身が楽しんでいることも事実であった。


「じゃあ、行こうか、買い物に」


「もう天馬先輩は強情です!」

 

 そういいながらもゴルゴンちゃんは、天馬の腕をしっかりと抱きついたまあ、天馬と一緒に歩き始めた。




 ……それから2時間後



 天馬はこのデート買い物を少しだけ後悔しだした。


「いいですよ、天馬先輩。素敵です!」


 デパートの男性用ブランドショップの試着室の前で、瞳にハートを浮かべながら、ゴルゴンちゃんはデジカメのシャッターを押す。

 さらに押す。つづいて押す。止まらず押す。


 カシャカシャカシャカシャカシャカシャ


 有名芸能人の記者会見のようにシャッター音が鳴り続ける。


「なあ、遠山」


「いいですよ、天馬先輩! その愁いだ表情もグッドです。もっともっと!」


 ハイテンションでゴルゴンちゃんはシャッターを押す。


「そろそろやめないか?」

 

 だが、ゴルゴンちゃんは止まらない。


「買い物、これで終わりにするぞ」


「もっと! もっと! わたしはこんな時しかチャンスがないんだから、黙っていてください……、え」


 ゴルゴンちゃんはようやくカメラから眼を話す。


「何言っているんですか、先輩」


 信じられないものをみるような眼で天馬を見る。


「まだ服を1着も買っていないないんですよ」


「だからだ。たしかに服のセンスはないから任せると言ったが……」


 ゴルゴンちゃんは試着するたびに写真撮影会を開くため、全然選べないのだった。


「そもそも、なぜ一眼デジカメを持ってきているんだ」


「これは淑女の嗜みです」


 きっぱりとゴルゴンちゃんは言い切った。


「……」


「嗜みです。好きな人を写真に取るのにスマホでは足らないのです。ちゃんとしたカメラで取らないと」


「……誰から教えてもらったんだ」


「空子先輩です」


「そのカメラは遠山のなのか」


「はい、カメラの事はよくわからないので、空子先輩に教えてもらって、アマ○ンでポチリました」


「……」


「どうしたんです? 天馬先輩」


「いや、なんでもない。これだけ写真を取るだけ気に入ったんだ。これにしようか」


「駄目です。まだまだです。探せば、もっと天馬先輩の良さを引き出せるコーデがあるかもしれません! 先輩がOKしてくれるなら、これまでのコーデも全部買いたいくらいです。今の先輩なら、一番似合うのは学ランだろ!と主張する愚かな女もいますが、学ランが似合うのは当然ですが、他にもあるはずです。学ランよりも素敵なコーデを私なら見つけられるはずです」


「いくら使う気だ」


「いくらでも?」


「おい」


「冗談ですよ、さあ、次のコーデを選んでくるので待っててくださいね!」


 ゴルゴンちゃんがお宝最高コーデを目指し去っていく。


「やれやれ」


 ゴルゴンちゃんと出会ってからまだ1週間しか経っていないが、彼女は天馬の生活を散々掻き乱してきた。

 

 だが……

 

 なぜか天馬は、それが不快でなかった。

 それどころか心地よかった。

 彼女とともに人生を歩むことができれば、きっと楽しいだろう。


 しかし、彼には果たしたい願いがあった。


 愚か者と言われた。

 無理だと断言された。

 偽物の分際でと揶揄された。

 死に急ぐ気かと泣かれた。


 それでも、彼には諦めきれない願いがあった。

 その願いのもとに、彼女を傷つけるわけにはいかなった。



 だから、彼は断わりたかった。



 だが、なぜか、彼の周囲は、ゴルゴンちゃんの恋を応援するのだ。

 彼女のように


「……いつまで隠れているつもりだ、阿倍野」


「えー、ばれてたんか」


 周囲から姿を隠す隠業の術を解き、天馬のすぐそばに隠れていた少女が姿を露わにした。


 丸い眼鏡をかけたTシャツにジーンズといったラフな格好の少女

 ショートカットなせいもあり、快活なイメージを周囲に与えていた。


 彼女の名は、阿倍野空子あべのくうこ


 天馬の同級生であり、日本の術者を統括する組織「桜花」のメンバーであった。


【作者からのワンポイント解説!】

★ゴルゴンちゃんは闇のもの吸血鬼とか獣人とか人外の存在で、得意?な魔術は【ゴルゴンちゃーむ】

★天馬先輩は高校生退魔士、彼の持つ欠落した加護リミテッドギフトはへっぽこ魔具マジックアイテム(ゴルゴンちゃん談)

★天馬先輩は学ランが似合うらしい(ゴルゴンちゃん「それも素敵だけど、もっといいコーデがあるはずです」)

★最後に登場した少女は、ゴルゴンちゃんの味方? それとも敵?


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