ハリス 1

 監査員のハリスは白いビルの一室で皮張りのシートにもたれて未処理のクレジットを堪能していた。彼の仕事はワーカーたちから集めたクレジットをフィルターにかけて配信先に送り届けることだった。しかしクレジットの整理は滞っており、未処理のまま放置されたクレジットが机のうえでブロックのように積み重なっていた。


 ハリスはクレジットを貪りつつ声だけで顧客の対応に応じる。

「ミヅタニさん・・・私はあなたのことを理解しようとしているのですよ」

ハリスの意識は夜の海岸を歩いている。

「それは、よく解っております」

熱帯の風が吹き、星が幾つも輝いている。

「クレジットのやり取りをする以上、私にはあなたを理解する義務がある」

「はい、よく解っております」

ハリスは全裸でその浜を歩き、

浜の砂粒一つ一つを足の裏に感じながら歩いている。

「クレジットにはそれぞれ命とも呼べる世界が存在します。それは、理解していただけるでしょうか?」

机の上の黒い電話はふるふると震えている。

「規定の倍を出しますので・・・」

受話器は掛けられたまま青黒い舌を垂らし、

ハアハアと生暖かい息を吐きながらよだれを垂れ流している。

「私にはあなたがよく見えます」

ハリスは夜空を見つめている。

「一つの世界を補食して、『また次を』と望んでいらっしゃる。さらなるものさらなるものと限りが無い。」

その夜空の一部がモゴモゴと蠢き、ちいさく丸く形付いて行く。

「幾らでも構いませんよ!もう少しで見えるんです!全てのものに潜み、見え隠れしている何かが!! 」

「解りますよ。良く、解ります」

ハリスはにやついた笑いを浮かべると手を伸ばし、空の蠢いている部分を毟り取って両手に納めた。

「力を与える度におおきく膨らむ何かを、あなたは感じているのですよね?ミヅタニさん?」

それがピクピクと脈動し、やがてハリスの手を侵食し始める。

「お願いします!はやくしないとわたしが喰われてしまうんです!!」

両手を蠢く夜空に喰われ、ぬかるんだ砂に足を飲まれてもハリスは平然と笑いを浮かべていた。

「落ち着いてください。クレジットはお渡しします。質のいいものを送りますから安心していただいて結構です」

ハリスは自分の身体を蝕むもの、その内に秘めた力を観察している。

「ミヅタニさん、一つだけよろしいでしょうか?くれぐれも、あなたのおっしゃる『何か』に名前などを与えないようにしてください。それだけで、その『何か』はあなたと独立した力を持つ事になりますから。」

砂浜であったものは突然ハリスの目前でいきり立つと頭蓋骨の上部、右耳から上のあたりを強烈な勢いで削ぎ落とした。えぐり取られた部分が闇に溶け、断面がゆらゆらと揺らいでいる。ハリスが落ち着いた様子で「それでは失礼させていただきます」と言うと机の電話から相手の気配が消えた。

 風が激しく吹き始め、海と空であったものがぐるぐると渦巻き始めた。ハリスは左目だけに笑みを浮かべ、渦に巻かれながらゆっくりと笑い声を上げ始める。ぐるぐる、ぐるぐると・・・闇と微かな光が渦巻く中で、ハリスは細く、ねじれるように意識と身体を失っていく。ぐるぐる、ぐるぐると・・ぐるぐる、ぐるぐると・・・ぐるぐる、ぐるぐる・・・ぷつり。


 ハリスはスコープを机に放り出すと瞼の上から眼球を押さえる。

「未処理のクレジットはどうも暴力的だ」

そうつぶやきつつ机の上のクレジットを幾つかシステムに放り込みキーボードを叩いて処理を始める。それから立ち上がり、両手を広げると自分の感覚を丁寧に隅から隅まで確認した。ふらふらとした酔いは残っていたが、感覚の欠けた部分は見付からなかった。「また一つ、私はおおきくなったのだ」ハリスは満足すると、早めに仕事を切り上げることに決めた。

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