13話 盗賊退治の裏側2 治療師セラピア視点


 私は目の前の少女を凝視していた。

 その様子を見て、カンダタが私の肩を叩く。


「おい、セラピア。どうした?」


 どうしたって?

 もしかして、今の魔法の凄さが分からないの?


「え? いや、カンダタ、あの子をどこから連れてきたの? あの子は何?」

「どういう事だ?」

「今の魔法がどういうモノか分かっているの?」

「どういうモノって、ただのヒーリングだろう?」


 これがただのヒーリングだったら、治療師は仕事を無くすわよ。

 そう言えば、カンダタは戦士だったから、魔法には縁がなかった。だから知らないのか?

 さっき言ってた「やりすぎるな」という言葉。もしかしてカンダタはこの子の力を知っている? そして、隠そうとしている?

 もし、そうだとするのなら、今の魔法の事を教えておかないと、隠そうとしている意味がなくなる。


「カンダタ、ちょっとその子とこっちに来なさい」

「なんでだ?」

「あんたにちゃんと教えておかなきゃいけない事があるのよ」

「なんだよ。まぁいいや。エレン」

「はい」

 

 私は、二人を自室へと連れて行く。

 エメラには、少し席を外すと言ってある。

 エメラも今の魔法の意味を知っているので、私の考えを理解してくれるだろう。

 

 部屋に入ると、カンダタが怪訝な目で私を見てくる。


「人手が足りてないこんな時に何を教えてくれるんだ?」

「そうね、あんたの無知さを説教したい気分だけど、今はいい」

「あ?」

「貴方はその子をどうしたいの?」

「な、なに? お、お前が何を言いたいのか良く分からないな」


 全く。

 隠しておきたい事があるのなら、動揺するんじゃないわよ。

 普通の相手ならばそれで誤魔化せるだろうけど、こっちはあんたが小さい頃・・・・から見てきているんだから、私は誤魔化せないわよ。


「まぁ、ここから先はカンダタに話しても仕方が無いから、エレンに直接言っておくわ」

「え? は、はい」

「貴女は一体何者? 貴女は知らないようだけど、貴女が使った魔法は《ヒーリング》ではないわよ」

「え!?」

「お、おい!! どういう事だ!?」


 今の私の言葉に、カンダタの顔に冷や汗が流れる。


「言った通りの意味よ。カンダタ、あんたもこの子の力を隠したいのなら、治療系の魔法の事を勉強しなさい!! さっき「やり過ぎるな」とコソコソ言ってたんでしょ!? それなのに、あんたがやり過ぎかどうかを判断できないんじゃ意味がないでしょ!!」

「き、聞こえていたのか!?」

「私はエルフよ!! 耳が良いのを知っているでしょ!! いえ、今はそんな事はどうでも良いわ……エレン……貴女が使った魔法は中級魔法のヒーリングではなく、超級魔法の《サルヴェイション》……聖女・・だけが使える魔法よ」

「私が聖女!? そ、そんな……」

「お、おい。何かの間違えじゃないのか!?」

「あんたねぇ。百年近くも治療師をしている私が、治療魔法を見間違えるとでも?」


 私だって治療師としてのプライドと経験がある。

 だから、絶対に見間違いではない。

 それよりも、カンダタの焦りようを見る限り知っていたんでしょうね。


「あんたはエレンが聖女だと知っていたのね。あんたも聖女の役目を知っているでしょ? それなのに隠そうとするなんて、どういう事なの?」


 聖女は勇者に寄り添わなければいけないと言われている。

 まぁ、私達からすればそんなモノは絵本の中だけの話だけだけど、教会はそれが当たり前だと思っている。


「い、いや。エレンは聖女じゃない」

「この期に及んでまだ言い訳? さっきも言ったけどサルヴェイションは聖女にしか使えないって言っているでしょ!!」

「本当だ。エレン、信じて貰う為に冒険者のギルドカードを出すんだ」

「は、はい」


 エレンは私にギルドカードを見せてくれる。

 ……。

 カードにはクラス賢者と書かれている。

 賢者が治療魔法を使えるというのも、前代未聞だけど……。


 でも、そう言う事か……。

 というよりも、カンダタは勉強している様で何も知らないのね。


「あんたは何かを勘違いしているようだけど、聖女というのは勇者と接して初めてクラスとして登録されるの。だから、あんたがどれだけ守ろうとしても勇者がエレンの目の前に現れた時点で無駄なのよ」

「そ、それは困る……」


 余程の事情があるのかカンダタの顔が青褪める。

 まぁ、勇者の噂を知っていれば、手放しで喜べないだろう。

 ……でも。


「なんでよ。聖女よ? 本来ならば喜ぶべきではないの?」


 私がそう話すと、カンダタの目が鋭くなる。


「お前本気で言っているのか?」


 カンダタは少し怒っているようだ。

 少し、からかい過ぎたかな?


「はぁ……、分かっているわよ。でも、あの勇者の強さは本物よ」

「俺は見た事が無いのだが、そんなに強いのか?」

「レッグには勝てないみたいだけど、騎士達には勝ったらしいわよ」

「そうか……」


 思ったよりも衝撃だったみたいね。

 私だってこの話を聞いた時は驚いたもの。

 しかし、カンダタから出てきた言葉は、私の想像していた言葉とは違った。


その程度・・・・だったか……」

「は?」


 この男は今なんて言ったの?

 ファビエの騎士は決して弱くないわよ。

 冒険者で言うとBランクレベルの強さなのよ。中にはAランクに届きそうなの強さの奴もいるし……。


「あんた、何言っているのよ!?」

「騎士に勝った程度でレッグには負けたんだろ? あいつはAランクの中でも中堅だからな。それにアイツよりさらに強いのがいるし……」

「……何よ」

「レティシアは俺やギルガよりも遥かに強い」

「……は?」


 こ、こいつは何を言っているの?

 レティシアって、カンダタが言っていた少女の事よね。

 確かに、町一つを滅ぼした事を考えると強いのは理解できるけど、ギルガはAランクの中でも強者の部類よ。それにカンダタ、あんたに至っては……。


「ギルマス!!」


 私がカンダタの言葉に驚いていると、エレナが血相を変えて部屋に飛び込んできた。


「どうしたの?」

「り、リーザさんが……」


 私が反応するよりも早くカンダタが反応した。


「おい、リーザがどうしたんだ?」


 リーザ。

 確か、Cランクの冒険者ね。

 将来的にはAランクになれる可能性を秘めた冒険者だったっけ?

 カンダタも期待して目にかけていると言っていたわね。


「リーザさんが魔物に襲われて大怪我を!!」


 大怪我!?


 私は、リーザが運ばれた場所まで駆けつける。

 大怪我であれば、エンジェルヒールで癒せる。

 

 そう思っていたのだが、目の前の現実は厳しかった。

 リーザの怪我は予想以上に酷かった。いや、もう時間の問題だった。


 喰い千切られた右足。抉り取られた左腕……そして、意識は既にもうろうとしているようだ。これは……。

 たとえ奇跡的に助かったとしても、今後はまともな生活を送れないだろう。

 そうなったら……そうなるくらいなら……。


 ここで死なせてあげた方がこの子の為かもしれない。


「り、リーザ……」


 カンダタの顔も青褪めている。

 もう助からないと思ったのだろう。首を横に振る。

 リーザは痛みからなのか、ずっと苦しそうな声をしている。


「セラピア……、せ、せめて痛みだけでも消してやれないか?」

「え、えぇ……」


 せめて最期くらいは、穏やかに逝けるように……。

 私が、痛覚麻痺の魔法をかけようとすると、エレンが強い目をして私の前に立つ。


「エレン」

「私が治します」

「ダメだ」


 カンダタはエレンを止めるが、エレンは引こうとしない。


「エレン、お前の気持ちは嬉しいが、そのためにお前を危険に晒すわけにはいかない」

「そうよ。貴女の力は貴女が思っているよりも、貴女自身を危険に晒す事になるの」

「大丈夫です。私にはレティがいますから……」


 少し肩が震えているわ。

 彼女がここまで言ってくれているのに、私が何もしないのは……。


「分かったわ」


 私はエレナを含めた信頼できる治療師達を集める。


「どうしました?」「リーザちゃんはもう……」「うぅ……」


 私の部下の治療師達は、もうリーザを助けられないと考えているようだ。

 まぁ、当然でしょうね。

 私だって、エレンの力を見ていなかったら諦めていたわ。


「カンダタ……あんたにも協力してもらうわよ」

「何をだ?」

「リーザをここで殺して、別人に生まれ変わらせる」

「「「な!!?」」」


 カンダタには、私が何を言っているかは分からないでしょうね。多分、治療師達は蘇生魔法を使うと思っているんでしょうね。確かに蘇生魔法も使えるけど、条件が厳しすぎてほぼ成功はしないし、部位欠損は治らない。

 そこで思いついたのは……。上手く隠し通せるかなんてわからない。でも、エレンを隠すにはその方法しかない。

 ここにいる治療師達は私が信頼している治療師達だ。エメラもここにいる。彼等から洩れる事は無いと信じている。


「今から見る事は決して口外しないで。エレンこの子の為にも、リーザの為にも」

「え? どういう事ですか?」

「ま、まさか……そ、蘇生魔法リバイバルを使うつもりですか!? アレは成功率が限りなく低いし、部位欠損までは回復しません」

「分かっているわ」


 だからこそ、死んでしまえば間に合わないかもしれない。

 エレンが助けようとしたという事は……。


「エレン、出来るのね」

「はい」


 私達は、傷ついたリーザを見る。

 普通に考えれば助からない。

 この状態から助けるには、あの魔法しかない。


 聖女のみが使える完全回復魔法……《ゴスペルヒール》

 恐らくだけど、カンダタはエレンがこの魔法を使える事を知っている。

 あのやり過ぎるなというのは、古傷を治してしまう可能性があったからだ。

 つまり……。


 エレンはリーザの前に膝をつく。そして祈るような仕草をした時、私の目にははっきりとエレンの背中に羽が見えた。

 金色の美しい羽……。


 目を擦り、もう一度見ると翼は無かった。

 目の錯覚?

 で、でも……。


 エレンが両手を翳すと、リーザの体が優しく光る。そして、失っていたはずの左腕と右足が復元された。

 全身の傷も全て塞がり、怪我は完治した。

 この光景を見た全員が絶句している。私もだ。


 これが聖女の力……。


 リーザはそのまま眠り、カンダタもドゥラークから連絡があり盗賊の拠点に行ってしまった。

 エメラ達も事の重大さを理解したらしく、口にしない事を約束してくれ治療に戻った。

 エレンも一緒に戻り手伝うそうだ。エレンにはヒールのみを使って治療するように言ってある。

 一気に色々起こり過ぎて混乱しそうね。


 その後リーザが目を覚ました。


 はぁ……。

 これは私が説明しなきゃダメね。


「こ、ここは?」

「リーザ、目を覚ましたわね」

「え? わ、私生きている?」

「いえ、死んだわ」


 私はリーザの身に起きた事を説明する。

 そして、今後リーザがどうやって生きていかなければいけないのかも説明した。

 リーザは混乱していたようだけど、名前を変え生きる事を納得してくれた。


 私はリーザの桃色の髪の毛を青色に染めて、髪形を変えさせた。

 これでパッと見は別人に見えるだろう。

 あとはカンダタに任せようかな……。

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