5話 あの日見た少女 カンダタ視点


 俺は、このセルカの町の冒険者ギルドのギルドマスターをやっている、カンダタだ。

 冒険者だったころは、一応、名の売れた冒険者だった。

 生涯冒険者をやろうと思っていたのだが、十年前にある出来事があり、冒険者を辞めた。

 その後、ギルドから懇願されギルドマスターになった。


「ギルマス!! 隣のテリトリオの町のギルマス《ギルガ》さんがギルマスに会わせてくれと訪れていますが」

「分かった、この部屋に案内してくれ」

「はい」


 ギルガが来た?

 どう言う事だ?


 冒険者ギルドのギルドマスターである俺達は滅多に自分の管轄の町を出る事は無い。理由としては有事の時に率先して指揮を執る為だ。ギルマスがいない時に町が滅びたなんて事があれば笑えないからな。

 それなのに……ギルガが職務放棄をした?

 いや、アイツはそんな軟弱者ではない。

 確か……テリトリオの町は六年前から徐々に魔物の襲撃が無くなり次第に冒険者が引き上げていき、今ではギルガとその娘だけが冒険者ギルドに残っているとも聞いた。

 流石に冒険者がいなければギルドの意味がないと、この町に呼んでいたのだが「ここには面倒を見てやらんと行けない奴がいる」と言い、いつも拒否していた。

 面倒を見なきゃいけない奴が独り立ちしたのか? 

 それとも……。


 少し待つと、ギルド職員に案内されて来たギルガが部屋に入ってきた。


「久しぶりだ、カンダタさん」

「あぁ、まぁ座れ」


 ギルガは俺が冒険者をやっていた時に新人として冒険者になった男だ。

 俺と暫く行動を共にして、ギルガは力をつけ、冒険者としては最高ランクのAランクにまで上り詰めた。そして、八年前、冒険者を引退してギルマスとしてテリトリオに残った。


「で? ギルマスのお前が何故この町にいる?」

「あぁ、後で詳しく説明する。まず、オレの依頼を受けて欲しい」

「依頼だと?」

「あぁ、テリトリオから一番近い町はこのセルカの町だ。来るのならここが一番可能性がある」


 来るのなら?

 何が来るんだ?

 魔物か?


「要領を得んな。何が来る?」

「少女が二人だ。一人は十八歳の歳相応の金髪の少女、もう一人は見た目が十歳くらいの黒髪の少女だ」

「黒髪の少女だと……?」


 何故か、俺が冒険者を引退するのを決意させた少女を思い出す。


 俺は当時鬼神という二つ名で呼ばれたAランクの冒険者だった。

 ある日、呪い子の処刑を阻止して欲しいという依頼があり、《カカスの町》へと向かった。

 その町で六歳くらいの少女に出会った。

 彼女は黒髪だった。

 別に黒髪が珍しいわけではないが、俺は、その少女の事を一生忘れる事は出来ないだろう。


 カカスの町に入った俺は、異様な光景を目にした。

 町の至る所で、炎が上がり、道にはすすのようなモノが点々とあった。

 焚火をした跡かと思っていたのだが、黒いすすの中に燃え残ったと思われる人の腕があった。


 もしかして、これがすべて人間なのか?

 しかし、俺が最も驚いたのは、数だ。その燃えた跡は一つや二つでは無く、少なく見回してもその数は百は超えていた。

 

 俺はこの惨劇を引き起こしたモノを探した。

 広場に出ると、この惨劇の原因になったかもしれないモノを見つけてしまう。


 俺が、この町に来た理由……

 まさか……


 そこに有ったのは、磔にされた無残に殺された女性のようなモノだった。

 顔は潰されて、裸で下半身には犯されたような跡があった。しかも、上半身には十本もの剣が突き刺さっていた。

 顔は殆ど分からない。ただ、下半身が残っていなかったら性別すら分からなかっただろう。


 これが呪い子?

 この女性はこの町で何をしたんだ?

 何をすればこんなに残酷に殺せるんだ?


 あまりにも悲惨な遺体を見て、俺は胃の中のモノを全て吐き出した。


 しかし、俺が今でも夢に見る光景は母親・・の遺体ではない。

 俺が今でも夢に見るのは……炎に包まれた町で、この世の全てを恨んでいるような暗く濁った目をした少女が、無表情で泣き叫ぶ住民を焼き殺している光景だった。

 

 後に知ったのだが、彼女は《呪い子》の娘で《忌み子》と呼ばれ、母娘で迫害を受けていた。

 母親が自身を表に出し守っていた事から、その少女が直接被害を受ける事は無かったそうだが、母親があんな殺され方をしたのなら、あんな目にもなるだろう。


 しかし……ギルガの話を聞いて、何故その少女を思い出したのだろうか?

 俺はもう少し詳しく、話を聞く事にした。


「その二人が何かをやったのか?」

「あぁ、その事を説明する」


 ギルガが語った内容は信じがたいモノだった。

 町の住民が、勇者に気に入られるために領主を殺し、領主の娘を勇者に捧げようとしたそうだ。しかも、主導していたのはアブゾル教の神官長だったそうだ。

 そして、黒髪の少女……レティシアという名の少女は、その領主の娘のエレンを連れて町から逃げたと。

 ギルガはその少女二人を何とか保護したいと……。


 成る程、そんな狂った町の住民よりも、その二人を守る為に動いたのか……。

 ならば、俺もその心意気に答えてやらないとな。

 

「話は理解した。すぐに手配しておこう」

「助かる。オレもすぐに二人を探す」


 ギルガが席を立とうとしたところ、ギルド職員が部屋に駆け込んできた。


「どうした? ノックくらいはしろ」

「ぎ、ギルマス!! 町の門番が慌てて来まして、冒険者を殺したと供述する少女・・が現れたと」

「「な、なんだと!?」」


 冒険者を殺した!?

 いや、冒険者は危険な仕事だ。それこそ、いつ死ぬかもしれないし、依頼によっては恨みを買うかもしれない。

 だからかもしれないが、冒険者殺し事態はそこまで重い罪になる事も無く、黙っていればバレもしない。

 それなのに、自分から話したのか?

 どちらにしても、冒険者同士の問題だ。ギルマスである俺が会いに行った方が良いだろう。


「わかった、すぐに行く」

「カンダタさん、オレも行っていいか?」

「あぁ」


 俺達は二人で町の外門へと向かった。

 外門には門番が常駐しており、休憩や準備をするための建物が建っている。話では少女はここにいるそうだ。


 俺達が部屋に入ると、二人の少女が並んで座っていた。


 俺は、そのうちの黒髪の少女を見た瞬間、背筋が凍りそうになった。

 その少女は、あれから十年は経ってい・・・・・・・・・・るはず・・・なのに殆ど成長していない。


「レティシア、エレン嬢!!」


 この二人がギルガの話していた二人なのか?

 まさか、この子が何かをやったのか!?


「レティシア、あの話は本当なのか?」

「何の話ですか?」

「人を殺したという話だ」

「本当ですよ……」


 やはり、この少女はあの時の少女だ。

 俺は少女を冒険者ギルドに連れて行った。話を聞かなければいけない。


「さて、まずは自己紹介をしておこう。俺はセルカの町の冒険者ギルドのギルドマスター《カンダタ》だ。さて、詳しい話を聞こうか。冒険者が襲ってきた時の状況を聞かせてくれ……」

「はい」


 彼女は淡々と冒険者を殺した時の事を説明してくれる。

 俺はレティシアの話を聞き、一つの結論を出した。


 この子には、人を殺す事への罪悪感がない。

 いや、人間も魔物を殺すのと大差がないと思っている。


「殺した冒険者の特徴を覚えているか?」

「さぁ? 人間だった事は覚えていますけど、興味が無いので特徴なんて覚えていないです。あ、思い出しました。彼等は下半身の鎧を外していました。後、エレンを味見するとも言っていました」


 その言葉を聞くと、殺された冒険者は自業自得と言えるかもしれない。

 もう少し話を聞きたいが、それよりも聞かなければいけない事がある。

 

 何故、この町に来た?

 聞きたくはないが、聞くしかない。


「冒険者殺しについては少し調べるとして、これからどうするつもりなのだ?」

「はい。エレンと一緒に冒険者として生きていこうと思っています」

「……」

「ダメですか?」

「そうだな、彼女には問題ない。しかし、君が問題だ」

「私ですか?」

「あぁ、君の年齢が問題だ。俺の見たところ、君はまだ十歳くらいだろう。冒険者になるた「私は十六歳ですよ?」、そ……そうか……」


 これで確定したな。

 彼女は、カカスにいた少女だ。

 まさか、この子と再びかかわってしまうとはな……。


「そうだな。年齢の問題は無くなった。後は冒険者になる為に試験を受けて貰う」


 本来、冒険者になるのに試験はない。

 ギルガが何かを言いたそうだが、この子の力はちゃんと見ておかなければいけない。

 一歩間違えればこの町が無くなってしまうかもしれないのだから……。

 

 しかし、俺は不安と同時に少しだけほっとした。

 今の彼女の目は暗く濁っていなかったからな……。

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