3話 テリトリオの真実 武器屋アルマ視点


 俺はテリトリオの町で夫婦で武器屋を営むアルマという。


 この町は今は大きな特徴は無いが、六年前・・・までは近くの森から魔物が日夜押し寄せてくる危険地帯と呼ばれていた。

 そんな危険地帯だからこそ、この町は冒険者達の町としても有名だった。だから、武器屋の俺も六年前までは商売が上手く言っていたし、生活も盤石だった。

 しかし、六年前のある日、森に一人の少女が住み始めた。

 黒く長い髪で十歳くらいの幼い少女だ。

 その子はあまり笑わないが挨拶をすれば挨拶を返してくれる女の子だった。ただ、その目は暗く濁っており、どこか人間を憎んでいるような目をしていた。


 少女が森に住み始めてから一年が経った。

 幼い少女が一年も魔物の住む森に住み続けている事もおかしかったが、少女が来てから魔物の襲撃が日々少なくなっていた。

 ある日、その少女がうちの店にやって来た。

 使い捨てのナイフを百本欲しいと言って来たのだ。


 魔物の襲撃が日々少なくなっていき、冒険者も徐々に少なくなっていき、うちの武器屋の収益も落ちてきていたので、俺としてはありがたかった。

 しかし、同時に百本ものナイフをなぜ必要としているのかも気になった。

 話を聞くと、少女は「この町のお店で食料が買えないから、魔物を狩って食べているの」と小さな声で言った。

 最初は冗談だと思っていたのだが、ナイフが売れるならそれでいいと思い、その少女にナイフを売った。

 ナイフを背中のリュックに入れた少女は「ありがとう」と初めて笑顔を見せてくれた。

 少女は笑うと可愛らしく、魔物を狩っているようには見えなかった。

 いや、今から考えればおかしな話だった。

 使い捨てのナイフとはいえ、百本だ。それなりの重さはある。

 しかし、少女は重さを全く感じさせないでに森へと消えていった。


 俺は少女の言葉が気になり、その日の夜に近所の道具屋に話を聞きに行った。

 すると道具屋の主人が気になる事を言い出した。


「あのガキの親はカススの町に魔物を送り込んで英雄気どりしていたそうで、母親は《呪い子》、あのガキは《忌み子》と呼ばれていたそうだぜ。そんなガキが近くの森に住み付いているってだけでも不気味なのにあのガキは一切笑いやがらねぇ。早く消えて欲しいから物を売らないんだよ」


 俺は道具屋の言い分を聞いて正直呆れた。

 これがいい大人の考えか?

 いや、道具屋の話を信じるのならば、あの子の親は詐欺師のような事をしていたかもしれないが、あの子には何の罪も無いはずだ。それなのに追い出す?

 俺は帰ってから妻にこの事を話した。

 俺の家族は、俺と妻、娘の三人家族だ。だが、娘はファビエ王国近くの町の学園に行っているので、今は妻と二人で生活している。


「酷いわね。別にその子が何をしたわけでもないでしょうに……でも、私もそんな話を聞いたわ。この町の人達は魔物の脅威を知っているから、そんな考えになるのかしらね」

「あぁ……俺もお前と同じ考えをしたが、それでもおかしい」


 俺達家族は元々隣の国であるファビエ王国近くの《セルカ》というで暮らしていた。

 幼い頃の娘が体が弱かった事から、都会よりも田舎の方が良いだろうとこの町に越してきたのだ。



 それからさらに五年経ち、町に魔物が来る事が無くなった。

 そうなると冒険者は町から消え、俺の商売も上手くいかなくなっていた。

 ただ、レティシアちゃんは一カ月に一度ナイフを買いに来ていた。

 幼いながら一人暮らしなのにどうやって稼いでいるのかを聞いたら、魔物を倒していると言っていた。

 魔物はいなくなったんじゃないのか?

 俺はレティシアちゃんの言葉が気になり、冒険者ギルドへと話を聞きに行った。

 六年前までは賑わっていたギルドも今では誰もいず、受付も一人、ギルマスもやる気が無くしていた。それでも最低限の生活は出来ている様だった。

 その理由は、レティシアちゃんが持ってくる魔物の素材だった。

 魔物がいないのに素材を?

 俺と同じ疑問をギルマスに話してみると、ギルマスも同じ疑問を持っていたようだ。


「おい、ここだけの話にしてくれよ」

「言わなくてもなんとなく分かる。オレも同じ事を考えた事がある」


 ギルマスと俺の考えは同じだった。

 森の魔物はいなくなっていないんじゃないのか?

 あの幼いレティシアちゃん一人で町への魔物の侵入を阻止しているんじゃないのか?


 確かにあの子は不思議な感じのする子供だ。

 いや、ふと考えればおかしい事もある。

 あの子は六年前から全く成長せず、幼い少女のままの姿だ。


「まさか、魔族?」

「そうかもしれないが、そうじゃないかもしれない。一度領主様に話をしておいた方が良いかもしれないな」

「何故だ?」

「知らないのか? 今、あの子は領主のご息女のエレン様と仲が良いんだ」

「何?」


 エレン様と言えば、娘の二つ下の女の子だ。

 貴族でありながら、貴族の様な振る舞いをしない良い子だった。しかも、両親から良い所だけを取った様な綺麗な顔をしていた。


 しかし……。


「町の連中は、エレン様をよく思っていないそうだ……」

「何故だ? エレン様はファビエ王国の貴族と比べれば、素晴らしいお子様だぞ?」

「あぁ、オレも他国から来ているからそれを知っている。ただな、この町の人間からすれば領主は敵だ」

「なんだと? 領主様も素晴らしい御方だぞ?」

「オレもそう思っているさ。だが、町の連中は教会の神官長に傾倒しているらしく、町が潤っていないのは領主が原因と言っているらしい」

「ちょっと待て。魔物がいなくなった事で潤っていないのを悪とするならば、魔物に襲われる方が良いっていうのか?」

「さぁな。オレもその辺りは詳しく知らないが、町の人間はどちらも嫌なんだろうな」

「勝手な話だな」


 そう考えると、この町の人間は不気味だな。

 俺達夫婦も近いうちにこの町を離れる事も考えた方が良いかもしれない。


「そう言えば……」


 ギルマスが噂話を話してくれた。

 今話題の勇者の話だ。

 その勇者がこの町に来るそうだ。


「で、神官長が勇者に捧げモノをするそうだ。それがエレン嬢らしい」

「なんだと!?」


 何を馬鹿な……。

 話題の勇者は女癖が悪いと聞く。

 そんな男に領主様の娘を差し出すだと!?


「正気じゃないな。レティシアちゃんに話しておく必要があるだろうか……」

「いや、あの子はなんだかんだと言って子供だ。魔物を倒せるかもしれないが、それを知ってしまうと人間を殺してしまうかもしれない。あの幼い見た目の女の子に人殺しはさせたくない。言わない方が良いだろう」

「あ、あぁ……」


 俺は冒険者ギルドを出た。

 この町は狂っている。

 俺は家へ帰り、店の掃除をしていた。

 今日はやけに外が騒がしいな……。

 すると妻が店の奥から血相を変えて俺に手紙を渡してきた。


「どうした?」

「近所の奥様方が言っていたのだけど、エレン様を差し出さなかった領主様を襲撃するって……そして、玄関先にこんな手紙が」


 俺は手紙を読む。

 そこには『エレンを連れて町を出ます。貴方達もすぐに町を出てください。私がいなくなればこの町は魔物に襲われるでしょう』と書かれていた。

 これで確信した。

 この町を魔物から守っていたのはレティシアちゃんだ……。

 俺は妻にすぐに荷物をまとめるように指示をする。

 俺自身も店で使っていた道具などをまとめていた。すると、店の前に馬車が停まる。


「なんだ!?」

「おい!! 急いで乗り込め。町を出るぞ!!」


 そこにいたのは、ギルマスと受付の女の子だった。


「あぁ、俺も町を出ようとは思っていたんだが、なぜ急いでいるんだ? いや、お前の所にもレティシアちゃんお手紙が来ていたのか?」

「あぁ、恐らくあの子は、俺達とお前達にだけに逃げて欲しいと思ってくれたんだろう。俺は確認の為に領主の家に行ってみたんだ。そしたら、家の前で領主が磔にされて殺されていた。この町は狂っている。奴等に気付かれる前に早く逃げるぞ!!」

「あぁ!!」


 俺は妻とともに急いで馬車に乗り込み、町を出た。

 俺達は娘が住み、俺の実家もあるセルカの町へと向かった。

 セルカの町があるファビエ王国も今国王や勇者の事で少し混乱しているらしいが、こんな町よりはマシだろう。


 その後、テリトリオの町は魔物の襲撃が再び起こり、冒険者もいない領主もいなく、いるのは口だけの神官だけになり三カ月も経たないうちに滅びてしまったそうだ……。

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