ロックの葬式

@tsuboy

第1話

その招待状を受け取ったのは、唐突のことだった。まるで忘れられた野良犬のように封書が郵便受けに転がっていた。ダイレクトメールか何かだと思い何日か放っておいたうえ、朝食時に煎れた紅茶がこぼれてみっともなく変色していた。僕は、忘れた頃にその封書を開けた。内容は以下のようなものだった。


皆様に長らく御愛好いただきましたロックンロールが、去る某日に永眠致しました。つきましては、身内によるセレモニーを行いたいと思いますので御出席いただければ幸いで御座います。


 差出人の住所も団体名も無かった。招待状の末尾には会場の住所と日時だけが記されており、地図も注意書きも無かった。趣味の悪い冗談とも思った。でも、昨今の音楽事情を察してはいたし、ふと「ロックは一体どうなってしまったのだろう?」と考えることも多くなっていた。ロックンロールが死んだと聞いて、なるほどそうだったのかと納得できることの方が多かった。それもまた、事実であった。

行くかどうかはずいぶんと迷った。仕事が終わり、帰宅した後に招待状を何度も読み返し、ウイスキーのグラスを片手に色々と考えた。ロックが神々しく輝いていた頃を思い返し、光の中で永遠に続くと考えていた事柄を順番に思い起こした。それらの多くは、おぼろげな霞にまぎれて目に映り、確かにどうしようもなく・・・遠い物事に思えた。


でも音楽をかければ、ウイスキーを飲めば、ボブ・ディランが「風に吹かれて」を唄うし、ニール・ヤングはバッファロー・スプリング・フィールドにいて、シド・バレットがマッドキャップ・ラフスを唄い、ママズ・アンド・パパスのビッグママが高笑いを浮かべている。もう一杯ウイスキーを飲めば、もう一杯飲めば、もう一杯さえ飲めれば・・・。


それでも、どう頑張っても会えないやつもいれば、会って話ができるとも思えないやつもいた。多くの物事は、お互いの「今」にとってあまり意味の無いものになりつつある。そう考えられるまで、ずいぶんと時間がかかった。



指定された日曜日、僕は電車で招待状に載っていた場所に向かっていた。都内の駅から私鉄に乗り換えて、一時間半ほど揺られていた。風景に緑が目立ち始め、窓からの風に土の匂いが感じられた。ある駅を境に車内にいた人がすっかりいなくなり、ふと自分がどこに向かっているのかが判らなくなった。眠くもないのに、視界がぼやけて目に映り、身体が紙粘土のように重くなった。これといって考えごとをしていた訳でもなく、僕は意識の回る「からから」という音を聞いていた。

そのからからという音は、聞いていたと思うといつの間にか、僕の耳に、ギターを爪弾く音に聞こえていた。弦を指の腹で撫でる音、押さえる場所を確かめる弦がブリッジに響く音・・・その音は徐々に大きくなっていった。

「よう」

黒いフェルト帽子を目深に被った男は言った。


「聞こえてるんだろ?」

組んだ足でギターの腹を支えて、


「なら歌ってくれよ。」

口角だけで僕に笑いかけて。

「あやまれば許してくれるかい?」

僕は

「ずいぶんと忘れていたよ。おまえのことを・・・」

そう言った。


男は応えずに、ゆっくりとギターを弾き始めた。昔よく聴いた曲だった。とても乾いた音だ。風景を切り取ったような、感情も主観も立ち入る隙のない曲だ。


「お前はどう思うよ?」

男は歌う。

「そんな風景があったとして、」

男は歌う。

「お前はどう思うよ?」

今もどこかにあるんだろうけども、

「俺は歌うよ、それだけしか出来ないから」

不思議と、男の声は時の流れを感じさせない。いつまでもそんな時間が続くのかもと思わせるような、そんな時間は存在していたのだ。確かに存在していた過ぎ去った時間が、まるで復讐のように訪れて僕の痛みを取り除く・・・確かに・・・そんな時間がそこにあった。


目が覚めると、僕は聞いたことも無い駅のホームに降り立っていた。ギターを担いでいた。黒いフェルト帽子を被っていた。


人は時代と共に生きて、死ぬのだろう。悲しみは、あったっていいさ。怒りだっていい。だけど憎しみでも無く、恨みだって違う。ラブ・アンド・ピース・・・言ってたろう?悪くないさ。あいつも笑うだろう。僕は、笑うことは出来ないから、せめて微笑んで、そういう表情を浮かべて目を細めるのが精一杯だね。アルカイック・スマイルってやつ。ジーザスだって、仏陀だって、ムハンマドだって、そんなに悪い奴じゃないだろうさ・・・。

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