彼女は不幸にならない
あの子がほしい あの子じゃわからん
この子がほしい この子じゃわからん
実際にやったことはなくても、おそらく他の子供が遊んでいるのを聞いたことがあった。
子供と子供で取り合うゲーム。
私は誰にも気づかれないから、欲しいとも要らないとも言われない。
だから一人で笑い続ける。
あの子がほしい、あの子がほしい、と誰ともなしに呟きながら。
***********
教室に入った途端、多くの複数の視線が雪菜に向けられる。去年の半ば頃からのことだ。
一歩、足を踏み出すたびに淡い期待のようなものが胸の中に広がる。同時に、少しの不安も。
抑え込まれたようなざわめきの中、席につこうとした時に、ようやく安堵できる瞬間がやって来た。
ぼすん
どこか間の抜けた音とともに、後頭部にぶつかる感触。
どっと、周りが爆笑する。
「ナイスコントロール!」
「きったねー」
足元に落ちたそれを見たら、黒板消しだった。何回も消したあとの物らしく、チョークの粉をたっぷり含んでいる。
雪菜は思わず頬が緩んだ。
頭に当たったのがこれなら、手ではたき落とせばほとんど目立たない。最悪、トイレで多少濡らせば落ちる程度だろう。
良かった、十分対処できる範囲だ。
次に顔を上げて、大勢の顔の中に一人を探した。
みんな、笑っている。
たった一人、冷ややかな表情で睨みつけてくる顔を見つけるのは容易い。
三潮くん、と心中で呼びかけた。嬉しくてたまらない。きっと顔に出てしまっている。
雪菜と目があって、三潮の顔からすっと表情が抜け落ちた。
ガンッ!!
椅子が蹴り上げられ、けたたましい音を立てて倒れる。
教室が静まり返った。
三潮は転がった椅子には一瞥もせず、やはり雪菜をきつく見据える。
ふと、その顔が奇妙な笑みに歪んだ。
「ヘラヘラしてんじゃねぇよ。
気持ちわりぃ」
静かだがよく通る声に、固まっていた他のクラスメイトが再び笑いだす。
「ホントだ、白髪みてぇ」
「ババァじゃん」
「うわウケる」
雪菜は黙って黒板消しを拾い、戻そうと教卓の方へ向かった。途中で足を引っ掛けられ、転びそうになる。
こんなのはもう、日常茶飯事だ。去年、最後に二人で話した日の翌日から、これは始まった。
教師が気づいたことはない。あからさまな怪我をさせられたり、物を隠す、壊すといったことがないからだ。無視やからかい、些細な嫌がらせがほとんどで、それらは全部雪菜一人で隠せるものだった。
雪菜自身も、誰か大人に助けを求めるつもりは毛頭ない。
三潮が取り仕切り、今やクラスメイト全員が雪菜を笑う。話しかけても言葉は帰ってこないし、背後から知らない手が髪を引っ張ったり小突いてきたりもする。
一人だけ、雪菜のために怒ってくれた友人もいた。去年まで同じクラスで、今では唯一の友達だ。雪菜が無視されればその無視した相手に、こんなのおかしいでしょと噛みつく。けれど彼女が去年、担任の教師に訴えに行こうとしたのを止めたのは雪菜だ。
散々説得されて、それでも折れない雪菜にしまいに彼女は涙目になっていた。
それくらい、何度も雪菜は頼み込んだ。
『私はこのままでいいの。三潮くんには私を嫌って、それをきちんと態度で示してほしいと思う。それが正しいし、嬉しいの』
『ごめんね、毬ちゃん。お願いだからこのままにして。私は何も辛くない。本当だよ?』
馬鹿じゃないの、と最後に吐き捨てられたけど、それでも友達でい続けてくれている。クラスが別になっても心配してくれる。
好きな人と、大事に思ってくれる友達が雪菜にはいる。恵まれ過ぎだと思うくらい、雪菜の学校生活は充実していた。どんな終わりも望んではいない。
雪菜は確かに、幸せだった。
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