友人Mの回想


 目の前を、低学年の子たちが走って通り過ぎていった。

 がしゃがしゃと大きなランドセルを揺らし、何が楽しいのか、超音波みたいな笑い声を響かせて去っていく。


 私も前はあんな感じだったかなぁ、と溜息をつきそうになった。寸前で、いやほんの三、四年前だろと自分に突っ込む。

 けどやっぱり、ゆるゆると苦い思いを吐き出した。

 すっかり寒そうな様子になった桜の木にもたれかかって、少し先の昇降口を見やる。

 そこから出てくるランドセルを七つ数えたところで、一人の少女を見つけた。

 相手もすぐこちらに気づいて、小さく手を振った後に駆け寄ってくる。


 ここ一年ほどの、私の溜息の元凶だ。

 裏腹に、なんの憂いもなさそうに雪菜は笑う。

「毬ちゃん、お待たせ。帰ろ」


「……」


 素早く、雪菜の全身に目を走らせた。

 髪は乱れていないし、服もきちんとしてる。故意に付けられたような汚れはなく、顔や手足に傷もない。濡れた様子も見られない。


 とりあえず安心したけど、外見を見たところで大して意味がないのは知っている。


 あいつは、分かりやすい跡を残さない。

 そして何より、雪菜自身が隠すに決まっている。


 去年同じクラスだったけど、私は何も出来なかった。


「雪菜」


「なに?」


「あいつに、今日も酷いことされた?」


 答えは分かりきってる。何度も何度も繰り返してきた。


 こんな確認、雪菜を助けることにはならないのに。


 雪菜は束の間きょとんとしたあと、またすぐに元の笑顔に戻る。否、むしろさっきより嬉しそうにはにかんだ。


「あいつって、三潮みしおくん?

 ううん、何もされてないよ」


 

 

 どこまでも透明で、何も混じっていない。

 菱野三潮のことになると、雪菜はそんな顔と声になる。どんな思いを抱いているか、ありありと伝わるような。

 仲良くなったニ年生のとき、教えてもらってなかったとしても、今の顔を見たらきっと誰でも気づく。

 

 雪菜は菱野三潮が好きだった。


 雪菜をクラスで孤立させて、嘲笑って、いじめる。そんな奴を、雪菜はずっと好きなままだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る