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「雪菜があんたと結婚すると思わなかった」
雪菜が席を立ち化粧室へ消えたあと、久坂毬の第一声がそれだった。
斜め向かいの席に座っている彼女に、三潮は目をやる。
特に返す言葉はなかった。
頬杖をつき、久坂毬は真正面を向いていた。三潮と視線は交わらない。
「昔っから、雪菜があんたのこと好きなのは知ってたけどさ。……ほんと、何がおきるか分かんないもんだよね」
久坂毬は、半分呆れるように息をついた。
「ねぇ」
彼女が、視線だけをこちらへずらす。
今日会って初めて、きちんと目が合った。
そういえば、こうして彼女と相対して会話するのは二度目だ。
「私は雪菜が幸せなら、おめでとうって言えるよ。友達の長年の初恋が実ったわけだから、別に水を差そうとは思わない。
でも、一つ教えてくれない?子供のときにも、あんたに聞いたことなんだけど」
「何」
「あんたが、あれだけ仲良かった雪菜をいじめ始めた理由」
「今更?」
「私が許せないだけ」
「…噂、久坂も知ってたんだろ。それが理由。八つ当たりだって、詰ってきたの覚えてない?」
「でもあの時、話す気ないって言ってたじゃない。何か別に訳があったんじゃないの?」
「雪菜に聞けばいい」
「小五のとき、何回も訊いたわよ。『これが正しい』『このままでいい』の一点張りで、ろくに事情も分からなかった」
一度、耐えかねたように久坂毬は目を逸らした。そのまま、手近にある水の入ったグラスを手に取る。しかし飲むことはなく、持ち上げては手遊びのように揺らした。細かな氷が擦れ合う音が響く。
ぽつぽつと彼女は続けた。
「ごめん、すごい無粋な質問。あんたって雪菜のこと本当に好き?」
三潮もさすがに苦笑が浮かんだ。
「今日、結婚報告のために久坂に来てもらったんだけど」
「真面目に答えろ」
「一緒にいたいと思ったからプロポーズした。俺がそう望んだ。これでいいか?」
「……ほんっと雪菜は男見る目ないな」
「おい」
「ごめんね、二人ともお待たせ」
柔らかな響きが二人の間に降ってくる。
心なしか、空気までもが緩んだような気がした。
申し訳なさそうに笑いながら、戻ってきた雪菜は三潮の隣に腰掛ける。
「毬ちゃん、そういえば時間大丈夫?今日、このまま実家帰るんだったよね」
「へーき。着くの夜だって伝えてあるから。会ったら二人に根掘り葉掘り聞こうと思って来たし」
「何それ」
ころころ笑う雪菜に、久坂毬も表情を緩めた。
「怖いなぁ、毬ちゃんの追求厳しいから。私がいなかった間、三潮くん大丈夫だった?質問攻めにされたんじゃない?」
雪菜が冗談ぽく尋ねてくる。三潮が答えるより先に、不満げな声が割って入った。
「訊いたってどうせ答えないわよ。そういう所、夫婦そっくりじゃない」
「そうかなぁ」
雪菜は始終、楽しそうにしていた。
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