第111話 紳士な悪魔の意地悪なお礼
「何かこの部屋について分かった?」
「えっとね、まだ。まだなんだけど、この部屋にはきっと何かが……あっ……」
彼の質問に答えながら床を触りまくっていたアコが、何らかの隠されていたスイッチを作動させたようだ。次の瞬間、室内に怪しい気配が漂い始めた。これは良くない兆候だと直感で感じ取ったユウタスは、すぐに周りを警戒する。
「アコ、気をつけろ! 何かがおかしい」
「大丈夫、何の問題もないから……」
アコはそう言いながらいきなり床に魔法陣を描き始めた。これは魔法をよく知る人にしか出来ない芸当だ。と言う事はつまり、魔法使いにしか作動しない罠をアコは発動させたと言う事なのだろう。怪しい気配に取り憑かれた彼女は、迷う事なく複雑な魔法陣を描き続ける。
その様子を目にしたユウタスは、一心不乱に描くその姿に狂気を感じた。
「アコ、止めるんだ今すぐ! その魔法陣が完成したらヤバい」
「大丈夫、もうすぐ描き終わるよ……終わった」
ユウタスは彼女を正気に戻そうとするものの、その声も虚しくついに魔法陣は完成してしまう。この完成と同時に彼女は気が抜けてその場に倒れてしまった。
ユウタスはすぐにアコのもとに駆け寄り、彼女を抱きかかえてその顔を見る。
「大丈夫か! アコッ!」
「……うう」
何度か呼びかけると、アコもそれに反応し始めた。ゆっくりとまぶたを上げて不安そうな表情を浮かべた彼女に、さっきまで一心不乱に魔法陣を描いていた鬼気迫る雰囲気はない。正気に戻ったとユウタスが安心したその時、彼女が描いた魔法陣から何かが出現していた。その気配に気付いた彼は、すぐに正体を確認しようと視線を向ける。
出現した存在はユウタス達の方角に顔を向けると、軽く頭を下げた。
「呼び出してくれて有難う。感謝する」
魔法陣によって呼び出されたのは、紳士的な雰囲気の悪魔だった。身なりも整えられているし、言葉遣いも丁寧。それはまるでまるで貴族のような佇まいだった。身長は190センチくらいだろうか。とても精悍な顔立ちをしている。雰囲気から実力は読みきれなかったものの、かなりの力の持ち主である事は簡単に想像出来た。その悪魔をただ目にしているだけで、ユウタスは底知れない恐怖を感じ続けていたからだ。これは実力者だからこそ感じ取れる、本能のようなものなのだろう。
彼が恐怖で言葉を失っていると、悪魔は2人に向かってニイっと意味ありげな笑みを浮かべる。
「お礼と言っては何だが、君達の願いを叶えてあげよう」
悪魔は手慣れた仕草でパチンと指を鳴らす。その音が遺跡の部屋に響いた瞬間、ユウタス達は別の場所にいた。悪魔の力で転移したのだ。悪魔は願いを叶えると言ったものの、転移した場所は2人共全く見た事のない景色。流石は悪魔、2人の遺跡から脱出したいと言う願いは叶えつつ、その場所までは2人の望み通りにはしなかったのだ。
転移した知らない浜辺で直射日光を浴びながら、この押し付けられた悪意のある善意にユウタスは途方に暮れる。
「どこだ、ここ……」
「と、取り敢えず辺りを歩いてみましょう」
アコの助言もあって、2人は歩き始める。まずは砂浜を行けるところまで歩いてみた。青い空に白い砂浜。バカンスなら中々の優良ビーチと言えるだろう。打ち寄せる波の音が耳に優しい。どこまで歩いても人のいる気配は見つからず、やがて岩場にぶつかり行き止まりとなった。仕方なく逆方向に歩いていくと、やっぱりどこにも人工物の気配が見つからないまま行き止まりに。
浜辺の探索は終わったので、今度はユウタスが空を飛んで現在地の確認をしようと飛び上がる。
ある程度の高度に達した彼は、そのまま地上を見下ろして愕然となった。悪魔が2人を飛ばした場所の正体が判明したからだ。その場所は広い海原にポツリと浮かぶ――無人島だった。
真実を知り、浜辺で待つアコのもとにユウタスは着地する。そうして、無邪気な顔で報告を待つ彼女の両肩にポンと手を置いた。
「驚かないで聞いてくれ」
「う、うん」
「ここ、無人島だ。島の周りには一面の海しかない」
「はは……そんな気はしてたよ」
彼の報告を聞いたアコは特に驚く事もなく、事実を粛々と受け入れる。その冷静さにはユウタスの方が驚くぐらいだ。
その後、2人は島のあちこちを歩き回ったり上空から色々と見て回ったりしたものの、どこにも人の住んでいる気配は発見出来ずじまい。この悪趣味な展開に、ユウタスは自分の感情を目一杯爆発させる。
「一体ここはどこなんだーっ!」
――と、そんな経緯があって、ユウタスとアコの2人は無人島に飛ばされてしまったのだった。
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