第91話 紳士な王者

 次の試合の対戦相手は前回のこの大会の優勝者、パルウ。ユウタスにとってはこの試合が一番の壁となる。周りの予想でもユウタスが勝つと思っている人は1人もいない、そんな状況だ。

 無理もない、パルウは10年連続天空島統一チャンピオンと言う、現在の天空人格闘家の頂点に立つ人物なのだから。応援の女子3人も観覧席のこの雰囲気にすっかり飲まれてしまっていた。


「えっと、何この雰囲気。パルウって人、そんなにすごいの?」

「彼は天空人最強だから……私もユウタスが大怪我をしない事だけを願ってるよ……」

「何それ! 相手がどんなに強くても私達はユウタスを応援しなきゃでしょ!」

「ま、試合が始まってみれば分かるよ……」


 ユウタス応援組がそんな感じでお通夜状態の中、大歓声に沸くステージでは噂の優勝候補が堂々と登場する。確かに優勝常連、最強の天空人のパルウはその言葉の通りにムキムキマッチョで誰も敵わないような体つきをしていた。

 対してユウタスはと言うと、さっきの悪夢のショックを引きずっているのか、顔にも生気が感じられなかった。


「ちょ、ユウタス戦う前からやつれてないあれ?」

「確かに、そう見えなくもないですね」

「やっぱ、相手が相手だからなのかな……」


 地上組が彼の調子の悪さに首をかしげる中、カナはその理由を対戦相手の偉大さに紐付ける。アレサはすぐにその説に反論した。


「いや、あいつは相手が強い方が燃えるタイプのはず、何かあったのかも」

「でも試合が始まったら戦うしかないし……」


 カナとアレサの雰囲気が悪くなるのを感じたアコは、ここで話題を強引に切り替える。


「わ、私達だけでもしっかりユウタスを応援しましょう!」

「だな、精一杯声を上げようぜ」

「はい!」


 そうして、ついに試合は始まった。ユウタスも果敢に攻めるものの、どんな攻撃も片手でいなされてしまう。大会に出場するに辺り、いつかは王者と当たる日もあるだろうと、しっかり対策もとっていたはずの彼の攻撃が全く通用しないのだ。

 自分の想定の甘さに、ユウタスは戦いながらショックを受けていた。


「君は中々筋がいいな。将来が楽しみだよ」

「俺は、あなたにも勝つつもりだ」

「いい心がけだ。やってみなさい」


 相手はさすが天空人最強。その態度にも強者の余裕が感じられる。ここまでの試合運びは、ユウタスが一方的に攻撃を繰り出してパルウがそれをいなしているだけ。

 ただそれだけなのに、どんな攻撃も通じないかも知れないと言う恐怖に襲われたユウタスの消耗は激しかった。


「真撃! 竜撃拳!」

「ほう、この技は……アビゲイル流をしっかり継承しているね。うん、素晴らしい」


 ユウタスがこの対戦のために磨いた技ですら、王者には全く届かなかった。自分の技が通用しない事より、パルウに本気を出させていない事に彼は悔しさを募らせる。


「ずっとそうしていないで、打ち込んできてください!」

「いいのかい? 私が見る限り君は……」

「それは俺がまだ一人前ではないと?」

「……分かった。私が礼を欠いていたね」


 ユウタスの気持ちを受け取ったパルウは、その王者の一撃を若い挑戦者にぶつける。必殺技でも奥義でもない単純なパンチを、ユウタスは全く避ける事が出来なかった。


「ぐほおおっ!」


 殴られたユウタスの体は宙を飛び、床に叩きつけられる。それによってかなりのダメージを負ったようで、すぐには立ち上がらなかった。

 観覧席ではこの展開に歓声が上がる。そんな中、女子3人は悲鳴を上げていた。


「キャーッ!」

「ユウタスー!」

「立てーっ! お前はその程度じゃないだろーっ!」


 紳士な王者は追撃をする事もなく、若き挑戦者が立ち上がるのを待っていた。それは力量の差がはっきりしているからと言う事の証でもあった。

 ユウタスが失神してしまっていたならここで試合終了だったものの、どうやら意識はあったようで、時間をかけて何とかヨロヨロと起き上がる。


「流石、鍛えてますね」

「いや、一撃で負けなんて自分が許せないですから」

「じゃあ、遠慮なくかかってきてください!」


 パルウは飽くまでも紳士的にユウタスを挑発する。それを油断と見た彼は一度深呼吸をして呼吸を整え、一気に距離を詰めた。


「真・斬撃掌!」


 それはユウタスが会得した、一族の秘伝を個人的にアレンジした技。体にひねりを加え、全ての力を右拳に集め、更に大気の精霊の力を纏わせて威力を数倍に高めた掌底だ。

 自身最速のスピードで繰り出されたそれをも、ムキムキマッチョ王者は流れるような手さばきで受け流してしまった。


「うわあああっ!」


 技を受け流されたユウタスはその力を制御しきれず、大袈裟に回転してそのまま床に叩きつけられる。手痛いダメージを受けながら、彼は対戦相手の底しれぬ強さに心の底から恐怖を抱くのだった。

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