第78話 長老のお言葉

 こうして案内された先にいたのは、いかにも頑固そうな爺さんだった。見た目でも80は過ぎているように見える。その癖頭髪は白いもののしっかり残っており、それを肩まで伸ばしていた。眼光は鋭く、体は痩せ気味で、それでいて謎の気迫を漂わせている。

 案内してくれた温和なおじいさんとは、何もかもが正反対だった。


「何じゃ、儂に用か?」

「リンジ、彼女達はあの海の主について知りたいそうだ」

「アレか、知ってどうする?」

「私達は、アレを倒すように依頼されたんです! どうか力を貸してくれませんか!」


 アレサは、報酬がかかっている事もあって必死に懇願する。その本気の態度を見て、長老の態度に変化が現れた。


「ふん、儂も何も知らんぞ……」

「そ、そこを何とか。何でもいいんです。何も知らないはずは……」


 知らないと言いながらも、その言葉の裏に何かがあると感じたアレサは更に追い縋る。その後、少しの間沈黙の時間が続くものの、長老は腕を組むと独り言のように昔話を語り始めた。


「……そうだな。アレは20年前に突然発生した。今とは随分姿は違うがな。そのくらいの事しか知らん」

「20年前? なら他にも知っている人がいるはずなのに……」

「当時はごく限られた者達しか知らん存在じゃったからな。儂なんかより当時の学者が調べた本の方が詳しく書いておるじゃろう」


 長老はそう言うと家の奥に入っていってしまう。案内してくれたじいさんは2人に向かって頭をかいて苦笑いを浮かべた。


「あいつ、ああなると話を聞かないんだ。悪いね。あんまり助けにならなくて」

「いえ、十分です。有難うございました」


 こうしてわずかばかりの情報を得た2人は、長老の家を後にする。次にどう言う行動を取ればいいか考えながら歩いていたところで、アレサがパンと手を叩いた。


「そうだ! 図書館に行こう! 長老が言ってたじゃんか、本に書いてあるって」

「ですね! その本を探してみましょう」


 と言う訳で、次に行く目的地が図書館に決まる。2人はすぐにこの辺りで一番大きい図書館に向かった。そこは流石一大観光都市の図書館だけあって立派な建物で、多くの人が利用している。蔵書もたっぷりで設備も最新。読みたい本があればすぐに探してくれる仕組みも整えられていた。


 そこで、2人は20年前の研究者が書いた本と言うヒントを頼りに該当する書籍を探し始める。数冊のそれっぽい本は見つかったものの、それらを片っ端から読んでみても海の主に関する記述は見つからずじまい。

 慣れない文字との格闘に、2人はすっかり疲れ果ててしまった。


「ごめん、アコ。ちょっと休憩。無理」

「私も同じくです。簡単に見つかると思ったのに……」

「これを続けるの、ちょっとキツいな」

「でも、当たりをつけた本はもう全部探しましたし……どうしましょう?」


 自力で探すのに疲れ切った2人は、図書館の机にベターッと倒れ込む。それから20分くらい同じ姿勢で固まっていた。動かなかった事である程度回復した2人は顔を上げると、う~んと背伸びをする。

 アレサはまたパタリとそのまま倒れたものの、アコはすっくと立ち上げると、受付に向かって歩き始めた。


「どうされましたか?」

「あの、本を探しているんですけど……海の主について書かれている本とか……」


 そう、アコはダメ元で図書館の司書の人に訪ねてみたのだ。自力で探すのに限界があったための作戦だったものの、アコ自身もあんまり期待はしていなかった。

 そう言う本はないと言う解答すら覚悟していたところで、司書の人はニッコリと笑顔を浮かべる。


「分かりました、少々お待ち下さい」

「えっ? あるん……ですか?」

「ありますよ!」


 待つこと5分、その本はアコに手渡された。海の主が載っているとされた本のタイトルは『魔物図鑑~海の魔物編~』。最初は冗談かと思ったものの、一応探してくれたのだしと、アコはその本を手にアレサのもとに戻る。

 席に座って本を開いてみると、中身は子供向けっぽい雰囲気の魔物図鑑。沢山の海の魔物が詳細な絵と共に記されていた。ペラペラとめくるその音に興味を持ったのか、アレサがムクリと起き上がり、にゅうっと覗き込んできた。


「その図鑑に主が載ってるのか?」

「そうみたいなんですけどね……」

「触手魔物のページにあるかもよ」

「そんな簡単に見つかる訳……あった」


 その図鑑の該当ページを開いた時、2人の目に飛び込んできたのは確かに昨日戦って負けた海の主魔物らしきどピンク巨大イソギンモンスター。ただし、図鑑に載っているサイズは2メートルと、長老の話の通りだった。

 サイズ以外の特徴は全て当てはまっていると言う事もあり、このイソギンモンスターこそ海の主である事はほぼほぼ間違いないのだろう。


 そのイソギンモンスターの名は、図鑑によると――ランテ。

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