第76話 海の主
契約成立と言う事でアレサと協会長は固く手を握り合い、こうして休暇中に大口の仕事が決まってしまう。口約束が成立した後に、その場で書面でもきっちりとサインが交わされ、協会長は安心した顔で2人の前から去っていった。
流れるようなやり取りだったために、一連のやり取りの最中に全く口を挟めなかったアコは、全てが終わってからようやく口を開く。
「えらく安請け合いしちゃったけど、大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。海の主だろうが何だろうが、俺達にかかれば楽勝だよ」
「だといいけど……」
彼女の心配を、アレサは自信満々の態度で上書きしていった。そんな感じで途中で邪魔は入ったものの、美味しいランチは楽しい思い出を作って無事に終了。2人は満足してレストランを後にする。
バカンスをエンジョイしているアレサは、普段と違うテンションで隣を歩くアコの顔を見た。
「ね、次はどこ行こっか。また海もいいけど、可愛いお店もいっぱいあるし」
「そうですねぇ……」
と、ここで、人々が急に騒ぎ始めているところに遭遇する。その騒ぎのしている方向に2人が目をやると、どうやら浜辺がパニックになっているらしい。多くの人が焦って海から上がっていて、まるで何かから逃げているみたいに見える。
さっき仕事の依頼を受けたばかりの2人は、この騒ぎがあの依頼に関係していると見て、すぐに浜辺に向かった。
水着のまま状況確認のために浜辺に向かっていると、2人の耳にも避難を促す声が聞こえてきた。
「海の主が現れたぞーっ! みんな早く避難するんだー!」
「魔物避けの結界が破られた?」
「早速仕事だ、武器を取りに戻るぞ!」
アレサはそう言うと、荷物を預けているロッカーに急ぐ。アコもそれに続いた。バカンスなのだから仕事道具も持参するつもりはなかったものの、もしものために自衛的な意味で必要最低限の武器は持参していたのだ。
とは言え、自衛的なものなのでそこまで本格的なものではないのだけれど。
「えっと、剣は……。よし、あった」
「私は弓と……ああっ、杖を忘れた!」
「アコは杖なくても魔法使えるだろ。行くぞ!」
「でも杖がないと狙いが……。ちょ、先に行かないで!」
アレサは魔法で圧縮していた剣を手に駆け出した。ワンテンポ遅れてアコも後に続く。アレサは走りながら解凍呪文を唱え剣を元のサイズに復元。騒ぎの元凶のモンスターに向かって駆け出していった。アコも弓を張って彼女の援護をしようと必死に追いかける。
水着のまま飛び出した2人は海に向かい、今から退治する魔物の姿を確認。その頃には避難は無事に完了していて、浜辺にはもう誰もいなかった。
「あれか!」
「な、何あれ!」
2人が驚いたのも無理はない。魔物避けの結界を壊して海に現れたその巨大モンスターは、全長5メートル以上の全身ショッキングピンクなイソギンチャクにしか見えないキモい姿をしていたからだ。
この予想外のモンスターの登場に、アレサはあんぐりと大口を開ける。
「イソギンチャクのバケモノだ……」
「き、キモい……」
「と、とにかく行くぞ! 援護頼む!」
「は、はいっ!」
アコはすぐに巨大イソギンモンスターに向かって矢を射る。標的が大きいので外す事はなかったものの、イソギンの体は特殊な性質を秘めており、どれだけ射ってもその矢は弾き返されてしまっていた。
「嘘? 刺さらない?」
「なら、俺が直接斬ってやる!」
矢の攻撃が無効と分かったところで、アレサは自分の剣で切り裂こうと剣技を放つ。足場が砂地のせいでしっかり力が剣に乗らないものの、そこは気合で無理やり剣速を高めた。
「剣技! 水神剣・空絶!」
全力でモンスターに向かって放たれるこの剣技は、成功すれば対象相手の体を真っ二つに出来る切断技だ。アレサは剣に念を込めながら、全力で水平に薙ぎ払う。
しかし、渾身のその一撃がモンスターの体を斬り裂く事はなかった。何故ならイソギンの体がブニョブニョ過ぎて攻撃エネルギーを全て吸収してしまったからだ。
逆に、アレサは剣を弾かれてそのまま反動で弾き飛ばされてしまう。
「うあーっ!」
「アレサー!」
「大丈夫だ! 俺に構うなっ」
「こ、こうなったら……」
アコは弓を投げ捨てて、両腕を伸ばして両手を重ねる。そうして咄嗟に心の奥底から湧き上がる言葉を叫んだ。
「雷撃の力! 遠雷針!」
言葉を叫び終わったところで彼女の手の先から強力な電撃が発生。その電気エネルギーはイソギンモンスターに直撃する。その様子を目にしたアレサは興奮して拳を握りしめた。
「やった!」
「キョオオ!」
モンスターは軽く雄叫びを上げると、その体の上部にある無数の触手を荒ぶらせる。どうやら、衝撃を通さないその体は電気も通さないらしい。
とっておきの魔法が通じていないと分かり、アコはガックリと肩を落とした。
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