第73話 海とナンパとモンスター
「じゃ、体操はこんなもんでいっか」
「早速泳ぎましょう!」
「あれ? 君達かわうぃーねー」
体操が終わってやっと海に入れると思った矢先に、ビーチ名物のナンパ男が現れる。ナンパをしてくるだけあって、話術や馴れ馴れしさが胴に入っていた。見た目も中々の細マッチョで、女子に好かれる努力はしているっぽい。
このナンパ男がまず目をつけたのは、見た目の地味なアコ。今まで全くこの手の男子に絡まれた事のなかった彼女はどう対応していいのか分からず、ただただ困惑する。
「えっと、私そんなんじゃないです……」
「いやいや、じゅーぶん可愛いって。俺達と遊ばない? ほら、あそこ。」
「え……っ?」
ナンパ男が顔を向けた先には数人の似たような男達が固まっていて、ニコニコと笑顔を向けている。
困っている彼女を見かねたアレサは、男の前にずいっと身を乗り出した。
「お前ら……邪魔だ。ナンパは他所でやれ!」
「あらら~? 怒っちゃった? 気の強い彼女も好きだよ俺」
「その見た目が本物か試してやんよ!」
ナンパ男の態度にキレたアレサは、いきなりその無防備な腹部に殴りかかる。不意打ちなのもあってまともにそれが入ってしまい、男はうずくまって動けなくなってしまった。
「おほおおお……」
「何だ、その程度かよ。10年早かったな。行こう、アコ」
「あ、あの……ごめんなさい」
ナンパ男を一撃で沈めたアレサは、そのままスタスタと海に入っていく。アコはペコリと頭を下げると、先行する彼女について行った。
「全く、ビーチには馬鹿も多いな」
「何も殴らなくても良かったんじゃ……」
「あーゆーのには肉体言語が一番通じるんだよ。それより泳ご」
「う、うん……」
2人は海に入ると、そこで多くの人がそうしているように海と戯れ始めた。元々体育会系なアレサは最初から全力で泳ぎ、どちらかと言うと研究者肌のアコはのんびりプカプカと浮かんでマイペースで波をかき分けていく。
楽しみ方は全然違っているけれど、2人共この南の海のバカンスを楽しんでいた。
「やっぱり一大観光地だけあって、海がキレイ~」
足の立つところで安全に泳いでいたアコに、1人泳ぎに飽きたアレサが平泳ぎで近付いてくる。
「アコ、ちょっと遠泳しようぜ」
「え? いや、私、泳ぎはそこまで得意じゃないから……」
「大丈夫だって。俺がちゃんとサポートするから」
「で、でも……」
アコは何度も遠慮するものの、そんな言葉を聞くようなアレサではなく、結局なし崩し的に要求通りに遠泳する事になってしまった。一人で泳ぐ時は全力だったアレサも、一緒に泳ぐ時はアコに合わせてゆっくりと波を蹴る。そうしてゆったりペースで2人はかなり沖まで泳いでいった。
浜辺がかなり小さくなったところで、アコは立ち泳ぎをしながら振り返る。
「私、こんなところまで泳いだの、初めてです」
「泳げないって言うけど、結構行けたじゃんか」
「アレサが一緒にいてくれたから……」
「じゃあさ、今度はあそこに見えている島まで泳ごうぜ」
アレサが指差したのはその場所からかなり先に見える小さな小島。島と言うか、海の上に岩が突き出ているだけって感じだ。現在地からその島までは、ざっと今まで遠泳してきた距離の2倍は泳がなければならないだろう。
その遠さに気が遠くなったアコは、さーっと顔を青ざめさせた。
「いやいやいや、無理室無理無理! って言うかそろそろ戻りましょう!」
「いーじゃん、ここまで来たんだからさあ!」
「さすがにもう譲れませーん!」
2人が次の予定について海の上で押し問答をしていたその時だった。にゅうっと海面から何かが顔を出したのだ。それはどこからどう見ても触手だった。ハロワンビーチは観光地として海の魔物が出ないような対策はしている。
とは言え、それは飽くまでもビーチ周辺のみ。あまり沖に出ると、他の海域と同じく魔物は当たり前のように出没するようだ。
触手魔物は獲物を絡みとろうと、気配を消して立ち泳ぎをする女子2人に近付く。この時、警戒をしていたら音もなく近付く触手の気配に気付けたかも知れない。
けれど、2人共まさかビーチの海域で魔物が出るなんて全く想定していなかったために、目の前にそれが現れるまで全くの無防備だった。
ぬるんとした触手を持つ魔物もまた、気配を消す事に関しては他の追随を許さないほど潜伏レベルが高かったのだ。
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