第58話 アコ、初めての魔法

「アレサ! ユウタス!」


 柱の陰に隠れていたおかげでダメージの少なかったアコが叫ぶ。超音波とハサミのWダメージを受けた2人はしばらく動けなかったものの、何とかヨロヨロと起き上がった。すぐに追撃してこなかったところを見ると、あの超音波攻撃は連射の出来ないものらしい。

 けれど、この戦いが長引くとまたあの超音波攻撃を受けてしまうだろう。そう考えるとチャンスは今しかないものの、2人共かなり慎重になっていた。


「ユウタス、お前、あの例のやつはどうしたんだよ。ここで使うべきだろ……」

「ああ、天空神の加護か。アレ、この間の戦闘の後に壊れちまった」

「何で新しいの持って来なかったんだよ!」

「あの後天空島まで帰る暇がなかっただろ! 地上には売ってないんだよ!」


 ユウタス側の切り札も品切れと言う事で、戦闘中だと言うのに言い争いが始まってしまう。このまずい状況にアコは困惑する。


「ええっと、お2人共、喧嘩は後にしてください!」

「喧嘩なんてしてない!」

「そうだよ、切り札が使えなくなったのを黙っていたのが悪い!」

「いやいや、休んだら勿体ないってずっとギルドに通い詰めだったじゃねーか!」


 2人の言い争いは終わらない。どちらも自分の非を認めないタイプなために、この喧嘩が落ち着く気配は全く見えなかった。アコは2人の顔を交互に見つめながら、この喧嘩をどう収めればいいのか、顎に手を当てながら考え込んだ。

 当然ながら、このグダグダ展開している間も戦闘は続行中。こんなチャンスをカニが見逃すはずもなく、その巨体が3人の目前にまで迫ってきていた。


「ひ、ひえええ~っ!」


 カニの接近にいち早く気付いたアコは、雄叫びを上げながら急いでその場を離脱。その声に我に返った2人が、迫りくるカニに気付いた時はもう手遅れだった。

 カニは、またしてもその巨大なハサミで2人を軽々と放り投げる。それによって、アレサ達の体は呆気なく宙を舞った。


「ぐほおおっ!」

「うぐうううっ!」


 空中を高く舞った2人は、今度は壁に激突する事なく床に叩きつけられた。このダメージは意外と大きく、2人はすぐには動けない。

 カニは自慢のハサミをワキワキと動かし、今度こそと2人に向かってハサミによる切断攻撃をしようと襲いかかった。


「アレサーッ! ユウタスーッ!」


 この危機的状況にアコは大声を張り上げる。しかし、今度ばかりは2人もすぐに起き上がる事はなかった。このまま何もしなければ、2人共真っ二つに切断されるだけ。

 覚悟を決めたアコは、遺跡を探索中に見つけたアイテムを取り出した。それは魔法使いが使っていそうな杖。その杖には全体に不思議な文様が刻まれている。


 彼女は杖を握ると、精神を集中させた。杖から伝わるイメージを感じ取ったアコは、無意識の内に呪文めいた言葉を唱えていた。


「レイニ・ルゥース・ラウ・レイ!」


 その呪文によって杖から無数の火球が発生し、カニに向かって飛んでいった。ハサミ攻撃の途中だったカニはこの火球を避ける事が出来ずに全弾命中。その反動で呆気なくひっくり返った。どうやらかなりのダメージを受けてしまったらしい。

 その様子を目にしたアコは、その場にぺたりと座り込む。


「や、やった……」


 どうやら彼女は初めて魔法を使った反動で疲れ切ってしまったらしい。ひっくり返ったカニをしっかり見届けた後、そのまま前のめりに倒れ込んで意識を失ってしまう。


「アコ、サンキューな。後は俺達に任せろ!」


 カニの攻撃から何とか復活したアレサがまず先に起き上がり、ひっくり返ったカニに向かって剣を構えて走っていく。ある程度スピードが乗ったところで彼女は大ジャンプ。

 そのまま自由落下に任せて、カニの腹に向かって剣を振り下ろす。


「必殺、ジャンピング甲羅割り!」


 それまでに何度攻撃しても傷ひとつつけられなかった硬いカニの甲羅もお腹部分は弱かったのか、アレサのこの攻撃によって亀裂が入る。突き刺した剣の先には弱点っぽいコア。

 彼女は一撃でこのコアを破壊しようとしたものの、後一歩が届かなかった。


「くっ、もう少しなのに」

「アレサ、どけっ!」


 背後から聞こえてきたユウタスの声にアレサが反射的に飛び退くと、彼もまた空高くジャンプして重力を味方にした攻撃を試みていた。


「真撃! 光穿拳こうせんけん!」


 その力を纏った強烈な一撃は、既に亀裂の入った部分に正確にダメージを与える。2人の波状攻撃によって見事にコアは破壊され、カニは泡を吹き出しながらついに絶命した。

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