第46話 おばばからの忠告

「ほええ~」

「ちょ、すごっ……」


 2人が分かりやすく驚いたのも無理はない。小さな海沿いの村にも関わらず、その建物がとても立派で威厳に満ちていたからだ。きっと昔からの村の実力者なのだろう。広い庭には様々な木々や大きな岩が規則的に並んでいる。他にも人工的な池があったり、芸術家の作った彫刻のようなものまであった。

 この洗練された造形美にはアレサも言葉が出ない。村の他の家は割と庶民的な大きさとデザインなので、その差異が更に強調されていた。


「何をやっとる、早く来い」


 その立派さに圧倒されて敷地前で立ちすくんでいると、おばばに急かされてしまう。その声に2人は焦って門をくぐったのだった。


「おばあさん、すごいですね」

「ふん、私は親から受け継いだだけだよ」


 ユウタスの素直な感想は、おばばの胸には響かなかったようだ。このやり取りから余計な事は言わない方がいいと直感で感じ取ったアレサは、自分から話しかけるのを自重する。

 そのため、何ともいびつな沈黙の時間が訪れていた。


「ここが儂の家だ。遠慮なく入れ」

「……っと、お邪魔します」

「……します」


 おばばの立派な豪邸に入った2人は、そのまま応接室に招かれた。家も広くて部屋数も多く立派だったものの、おばば以外の家人は見当たらない。もしかして一人暮らしなのだろうか。応接室で2人はちょこんと座り、その見慣れない空間に若干の居心地の悪さを感じていた。

 ユウタスは部屋の様子を観察しながら、同じく緊張しているらしい相棒の顔を横目でちらっと眺める。


「えっと、これからどうするんだ?」

「まずは船の交渉だろ。持っていたらいいけど……」

「うん……」


 アレサの返答にユウタスもうなずいた。応接室に飾ってある大きな海洋生物の描かれた絵画を眺めながら、2人はしばらくの間沈黙を楽しむ事となる。もう特に話す事もなかったのだ。静かな時間は退屈さを加速させる。

 この無言の圧にユウタスが耐えきれなくなったところで、ひょいっと全く気配を感じさせる事なく、おばばがお茶とお茶菓子をお盆に乗せて戻ってきた。


「まぁこれでも食べんさい」

「……えっと、どうも」

「有難うございます」


 2人共、出されたものを素直に行儀よく口に入れる。お茶は今までに飲んだ事のない上品で高級そうな味。お菓子もまた大きさは小さいものの、濃い味がぎゅうっと凝縮されていて、今まで食べた歴代のお菓子の中でも最高のレベルに達するほどのものだった。


「このお菓子、むちゃくちゃ美味しいですね!」

「そうかい。最近は味の違いもあんまり分からんようになってきとっての」


 ユウタスは初めて食べたその味に感動して言葉が次々と出てくるようだ。反対にアレサはと言うと、食べてはいるものの、どこか反応が上の空だった。その様子は少なくとも美味しそうに食べているようには見えない。

 そんな無口な相棒を見て、ユウタスは軽くツッコミを入れる。


「もうちょっと美味しそうには出来ないのかよ」

「う、いやそんな事は……」


 意外な攻撃にアレサは困惑している。きっとこれは彼女の癖のひとつなのだろう。黙々とお菓子を口に入れて中々話を切り出せそうにないアレサを見て、ユウタスは割と分かりやすくため息を吐き出す。

 その言葉にならない動作に意図を感じたアレサが口を開きかけたところで、おばばの目がキラリと光った。


「あの島にはの、聞くも涙、語るも涙の伝説があるのじゃ……」

「は、はぁ……」


 ユウタスがこの状況の対応に苦慮していると、少し大人のアレサは彼の肩を軽く小突く。


「ちょ、何だよ」

「こりゃ、話を聞く気があるのか!」

「「す、済みませんでしたぁ~」」


 2人が声を揃えて全身全霊で謝罪をすると、おばばは気を良くしたのかニッコリと笑みを浮かべた。


「まぁいい。それであの島なのじゃが、どうにも中で不可解な事が起こっているのじゃろう? その原因もまたあの島のどこかにある遺跡が元だとか何とか」

「いや、どこかって言うか、あの島自体が遺跡なんですよ」

「それは分かっちょるよっ、問題はそこではないのじゃ」


 おばばはユウタスの冷静な突っ込みに気を荒げつつ、話を続ける。


「昔、あの島は天空まで一本の塔で繋がっておった。天と地を繋げておったのじゃ」

「ふむふむ」

「その後、どれくらい経ったったかは分からんのじゃが、ある日、塔は破壊されてバラバラになってしもうた。儂の家にはその時の伝説が語り継がれておる。塔が破壊された時、中にいた多くの人々が悲しい死を迎えてしもうたのじゃ。それからは今見えるお馴染みの姿じゃが、最近の異常はあの遺跡のシステムが誤作動した事が原因じゃと考えられておる。あの遺跡は生きておるのじゃ。悪い事は言わん、あの島に上陸するのは止めるのじゃ」

「いえ、それは出来ません。私達も仕事なので」


 アレサの決意は固く、おばばの話も大事な部分以外は聞く気もないようだ。ユウタスは世代の離れた女性2人がバチバチと目から火花を飛び合わせているこの状況に、居心地の悪さを実感してしまう。

 軽いにらみ合いは3分以上の続き、いつしか根比べの様相を示していた。

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