第38話 アレサの切り札
「これは聖水。ああ言うダークサイドに落ちた魔物にはこれがよく効くんだ」
「その聖水をあいつにぶつけるのか?」
「違う違う、まあ見てなって」
彼女はアイテムの説明をしながら腰の剣を引き抜いた。一体何をするのかとユウタスが見守っていると、アレサは剣の刃の部分に聖水を丁寧に垂らしていく。
刃の材質と聖水の相性がいいのか聖水の成分は染み込んでいき、やがて剣全体が黄金色に輝き出した。その現象を目の当たりにしたユウタスは目を丸くする。
「こ、これは……」
「これが聖水剣。一時的に剣を聖剣状態にしてくれる。この聖水はそう言う特殊なものなんだ。こうすればあのドラゴンにも刃が通る」
「す、すごいな……」
「ユウタスには何も切り札はないのか?」
感心するユウタスにアレサの鋭い一言。いざと言う時のための保険として持参しているアイテムがある事を彼はここで思い出し、ニヤリと余裕めいた笑顔をアレサに向けた。
「勿論……あるぜ!」
「何だよその顔、ちょっとキモいな」
「な、こんな時に……」
2人が微笑ましいやり取りをしていたところへ、一向に向かってこない老ドラゴンが痺れを切らす。
「お前達、こそこそと何をやっている!」
この怒号と供にドラゴートはまた強力な火炎を放射する。その射程距離は今2人がいる範囲を余裕でカバーしていた。その殺気に気付いた2人は、すぐにそれぞれ直感でバラバラに動き、ギリギリでこの火炎攻撃を避けきる事に成功する。
「じゃあ、まず俺が先に剣で攻撃して隙を作る!」
「分かった!」
「行けそうならその時に切り札を頼むぜっ!」
2人はバラバラに移動しながら攻撃のチャンスをうかがう。老ドラゴンは2人があんまり離れたために同時に攻撃出来ない事を察して攻撃対象を1人に絞った。その相手は聖水剣を所持しているアレサ。
本能的に危険を察知して、放置出来ない方から先に潰す作戦に出たのだ。
ドラゴートは巨体をゆっくりと動かして迫ってくる女剣士とどうにか正面同士で向き合おうとする。そこにわずかばかりの隙が生まれ、そのチャンスを最大限に活かすためにアレサは更に加速した。
「必殺剣技! 聖水剣清め斬り!」
「ギヤアアア!」
アレサの剣技は老ドラゴンの体を見事に斬り裂いた。悲痛な叫び声を上げて、ドラゴートは痛みでのたうち回る。その様子を目にした彼女はしっかり手応えを感じたものの、その攻撃は相手を致命傷にするまでには至らなかった。
「嘘……だろ?」
叫ぶだけ叫んだ老ドラゴンはすぐに正気を取り戻し、自らに治癒魔法をかける。魔法の効果は抜群で、アレサがつけた深い傷はすぐに癒やされていった。
渾身の一撃が一瞬で無効化されて、彼女はがっくりと肩を落とす。
「クソ、マジか」
「ふははは、惜しかったのう」
傷が癒えたところでドラゴートの反撃が始まる。まずは羽を羽ばたかせて突風を生み出し、アレサの動きを止めると、間髪を入れずに身動きの取れない彼女に向かって得意の火炎を放射する。
灼熱の炎は、ほんの一瞬浴びただけで確実に対象生物を死に追いやれるレベルだ。
「潔く丸焦げになるが良い!」
「ヤバい、直撃する……っ」
このピンチを目にしたユウタスはさっき助けられたお返しにと、背中の羽を広げて速攻で彼女の元に飛んだ。そうして突風に翻弄され続けていた彼女を背中から抱きしめると思いっきり上空に飛んで、何とか強烈な火炎放射の驚異から逃げ切った。
「ふう、危なかった」
ユウタスが空中でホバリングしながら巨大ドラゴンを見下ろしていると、抱きしめられているアレサが顔を真赤にしながら振り返る。
「助けてくれて嬉しいけど、あの、下ろしくれない?」
「え? あ、うん。そうだね、うん」
その言葉にユウタスも変に意識してしまい、そっと彼女を床に降ろした。そのタイミングを見計らってドラゴートは思いっきり突進してくる。体が大きいだけに、動いてしまうとそれは恐ろしい勢いで迫ってきた。
ドカドカと激しい地鳴りが響き、ピンチが2人に超スピードで迫ってくる。
「カーカッカッカ! この空間からは逃げられんぞ、じわじわと体力を削ってやるわぁ!」
絶体絶命のこの場面、飛べるユウタスは飛べないアレサをどう守ればいいかそれだけで頭が一杯になっていた。
そんな時、聖水剣を持つ女剣士は、この少し頼りなさそうな天空人の拳闘士の顔を見る。
「ユウタス、とっておきがあるんじゃないのか?」
「それはあるけど、無駄打ちは出来ないんだよ……」
その一言で大体の事情を察した彼女は、ゴクリとつばを飲み込む。そうして改めて聖水剣を構えた。
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