第37話 魔法陣の中の老ドラゴン
言葉だけでは起きないと悟った彼女は、ユウタスの頬を何度も何度も往復ビンタした。あまりの刺激に流石の天空人も意識を取り戻したものの、勢いがついてしまったアレサの右手は更に更にビンタを続けてしまう。
「痛い痛い起きた、起きたってば!」
「あ、ゴメ……」
「それより一体ここは……」
「ここは儂の空間じゃ」
謎の空間に響き渡る謎の声に、アレサ達はすぐに起き上がって顔を左右に振る。すると、2人の真正面に大きな何かが覗き込んでいる事にほぼ同時に気が付いた。
目が慣れてきてその存在の正体がはっきり確認出来た瞬間、2人はほぼ同時に絶句する。
「嘘だろ……」
「初めて見たぞ、こんな大きいの……」
「今度は中々に元気の良い者が来たのう……」
魔法陣によって転移先した先にいたのは、全長30メートルはあろうかと言う年老いたドラゴンだった。2人共ドラゴンを実際に目にしたのは初めての体験だったため、その存在感に体は硬直し、何も出来ないでいた。
ドラゴンはにまりと目を細めると、おもむろに自己紹介を始める。
「儂は落ちぶれた闇のドラゴンじゃ。ハロムはこんな老いぼれをダークドラゴートと言う名で呼んでくれる。良いヤツじゃろ? 嬢ちゃんもそう思わんかの?」
「お、お前がこの事件の元凶……?」
「ああそうだとも、全ては儂が若さを取り戻すためじゃ」
ダークドラゴートと名乗るこの老ドラゴンは、事件の真相をたった一言で言い表した。つまり、この目の前にふんぞり返る老ドラゴンの若返りのために、全ては仕組まれていたのだ。
ユウタスは一見温和そうなこのドラゴンの腹の中に潜む闇をその薄暗い瞳の鈍い輝きに感じ、静かに恐怖する。対してアレサは少しも臆する事なく、この事件の黒幕に勇気を持って立ち向かった。
「じゃあ、今までこの依頼を受けて行方不明になった冒険者達は?」
「嬢ちゃん、お前さん、中々勘がいいのう……」
ドラゴートは邪悪な笑みを浮かべると、背中の羽を軽く羽ばたかせる。それは老ドラゴンの体を浮かすほどではなかったものの、彼と対峙する2人の人間を吹き飛ばすには十分すぎるものだった。
「くううっ!」
「きゃああっ!」
「冒険者共は全て儂が食ったわ、ガハハ! 大した滋養にはならんかったがのう!」
吹き飛んだ2人を目で追いながら高笑いする老ドラゴン。それはまるで目の前の冒険者2人を品定めするような目つきだった。
まるで、料理人が料理をする前に調理する食材を確かめるような――。
アレサは吹き飛ばされながら上手くバランスを取り直して力技で着地、ユウタスは背中の羽で上手くバランスを取って静かに着地する。
そうして、怒れる天空人は高ぶる感情を闘志に変えた。
「躊躇なく人間を食べる邪悪なドラゴンめ、許さないぞ!」
「ほう、天空人よ、儂を倒すか。威勢がいいな、これなら十分な栄養となろうぞ」
ドラゴートはその邪悪な本性を表し、強者が弱者をいたぶるが如く、その残虐なオーラを開放。まるっきり相手にされていない、自分達を食材にしか見ていない老ドラゴンに対し、ユウタスはありったけの気合いを総動員して立ち向かう。
「お前になんか食われてたまるかよっ!」
「ほう、活きがいいのう。喰えば100年は若返りそうじゃ」
「うらあああ!」
彼は雄叫びを上げながら突進する。十分に練った気を右拳に集め、一気に距離を詰めた。そうして必殺の攻撃の間合いに入ろうとした次の瞬間、ドラゴートの口が大きく開く。
「儂を倒すなら、耐えてみせよ!」
「ぐわあああ……っ」
お約束のようにドラゴンは火炎を吐き出し、まともにそれを浴びたユウタスは秒で火達磨になる。痛みでのたうち回る彼にアレサはすぐに近付き、手慣れた手付きで魔法薬をふりかけた。
処置が素早かったのもあって、ユウタスの傷はみるみる治癒していく。
「しっかりしろ! お前が無闇に突っ込んでどうするんだよ!」
「ごめん。でもあいつの強さは計り知れない。やっぱり2人じゃまずいよ。勝ち目なんて……」
ドラゴートの攻撃を受けて一気に弱気になるユウタスを見て、アレサは強めに彼の肩をバァンと叩く。それから人差し指を立ててニヤリと笑った。
「依頼を受けた時にこれくらいの事態は想定済みだ。俺にとっておきの秘策がある!」
「マジかよ……」
ユウタスはアレサの言葉がただの強がりにしか聞こえなかった。Cランク任務だったのだから、そのランクに合わせた準備しかしていないと彼は思い込んでいたのだ。
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