第2話 格闘技大会、始まる
ちょうどトルスを押し倒して、今から殴ろうとしていたユウタスの手がここで止まる。その隙を狙って反撃に転じようとしていたトルスは、彼女の物言いに不満を漏らした。
「男の戦いに口出すんじゃねーよ」
「タダで戦うなんて勿体ないじゃない。戦うなら大会でやらなきゃ」
カナはそう言うと可愛くウィンクする。彼女の言う事ももっともだと、喧嘩していた2人は争いを止め、ほぼ同時に立ち上がった。お互いに体に付いていた埃を手で払い、そうしてすぐにじいっとにらみ合う。
静かな緊張感が漂う中、ダメージの少ないユウタスの方から先に挑発した。
「言っとくけど俺の方が強いからな!」
「は? 勝手に言ってろ!」
「もうっ、だからここで喧嘩はやめなって!」
カナの声で場が白けたからか、トルスはフンと軽く顔を振ると、ユウタスの前から去っていく。その後姿を眺めているユウタスの顔を、カナは好奇心旺盛な表情を浮かべながら覗き込んだ。
「本当、2人は仲良しだね」
「バッ、別にそんなんじゃねーよ。アイツがつっかかってくるだけだ」
「ふーん。あ、そうそう、大会での活躍を楽しみにしてるね。じゃ」
どうやらカナは喧嘩の仲裁だけが目的だったみたいで、それが達成された事で彼女もまたユウタスの前から去っていく。気がつけば彼は1人ぼっちに戻っていた。
ユウタスは行き場のない思いのぶつけどころを失い、拳を強く握りながら思わず空を見上げる。そこには澄み切り渡った青い色が広がるばかり。
「ったく、何なんだよ……」
次の大会は一週間後。参加者は全員最後の追い込みをかけている。必死に戦闘技術を高める者、基礎トレーニングのレベルを高める者、師について奥義を学ぶ者、ひたすらに組手を続けるもの……鍛え方はそれぞれだ。
ユウタスもまた、父親からマンツーマンの厳しい指導を受けていた。
「初めての大人の大会だ、爪痕を残せよ!」
「はい!」
「では、ハンデなしで行くぞ!」
「よろしくお願いします!」
今度の大会は毎月行われている地方開催の小さな大会。規模は小さくても1回戦さえ勝ち抜けば賞金は支給される。だからこそ、負けない戦いを彼は父親から伝授されていた。リスクがあるものの当たれば大きい大技よりも、リスクが少なく数多く打ち込む事でダメージを与える小技を駆使した戦い方だ。
それと、やはり拳闘の基礎。体幹などを鍛える事で倒れにくい体を作っていく。毎日みっちりと鍛えられていたため、時間はあっと言う間に流れ去っていった。
大会当日、その日も空は気持ちよく晴れ渡っていた。ユウタスは気合を入れて早起きすると、念入りに体をほぐして体調を整える。しっかり体を温めて準備が整ったところで、大会の会場まで走って向かった。
天空島の住人は天使の末裔なので、その気になれば背中の羽で空を飛んでの移動も出来るものの、大会に参加する格闘家は身体を鍛えるために自分の足を使っての移動を好む者が多かった。
走り始めて90分、ようやく今回の会場が見えてきた。既に数多くの力自慢が入り口に集まって来ている。ユウタスのその中の1人として拳に力を込めて気合を入れた。
「よし! やってやるぜ!」
ユウタスは順調に参加登録を済ませ、そのまま流れるように予選会場へと向かう。予選はバトルロイヤル方式で全員で戦い、規定の人数になるまで立っていられた者が突破となる。彼の組には30人が参加していた。予選の通過人数は3人。つまり、この中の1割が予選通過となる。
父親に叩き込まれたリスクの少ない戦闘スタイルを実践し、ユウタスは見事この難関をほぼ無傷で突破する。彼は余裕ぶって鼻をこすった。
「予選で負けてなんていられないね」
見事予選を突破したと言う事で、次はいよいよ本戦が始まる。どんなメンバーが勝ち上がったのかの確認をしに彼がトーナメント表を見に行くと、その途中でライバルとばったり対面した。
「へぇ。ユウタス、ちゃんと勝ち上がったのかよ」
「当然だぜ。トルスこそよく勝ち残ったよなぁ」
「うっせ」
お互いに軽口を叩き合いながら組み合わせ対戦表を見に行くと、その対戦相手を見たトルスは一瞬で言葉を失う。
「マジかよ……」
「何相手の名前を見ただけで落胆……ああ……」
ライバルの様子がおかしいので元気付けようと彼の相手を確認したところで、落胆の理由も分かり、ユウタスもかける言葉を失った。
トルスの対戦相手はこの大会の優勝候補の1人、数々の格闘大会で優勝をかっさらっている優勝請負人のバランだったのだ。
いくらトルスが鍛えていたとしても、これは相手が悪すぎる。彼の一回戦負けはもはや約束されたようなものだった。
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