第3話 ユウタスの卑怯な対戦相手

「ど、どんまい……」

「うっさいよ! くそ!」


 不機嫌になるトルスとは対象的に、ユウタスの対戦相手は名前も知らないような無名の格闘家。勝てる要素は十分にあると彼は小さくガッツポーズをする。


 対戦表を見ただけで既に悲喜交交なドラマが繰り広げられる中、ついに本戦が開始された。実力が拮抗してハラハラする戦いを繰り広げる組、最初から実力差があり過ぎて呆気なく勝敗が決る組、一方的に勝っているように見せかけてながら最後に隙を突いて逆転する組など、バラエティ豊かな戦いが繰り広げられていく。


 ユウタスは対戦相手に恵まれ、余裕の一回戦勝利をもぎ取った。逆に優勝候補と戦ったトルスは、一方的に打ちのめされて一回戦敗退。勿論賞金は出ない。

 トボトボとうつむきながら歩いていたライバルを目にしたユウタスは、声のトーンを落としながら話しかける。


「今回、運が悪かったな……」

「うっせ。お前も次で負けろ!」


 トルスは捨て台詞を残し、彼の前から去っていく。ライバルの分まで頑張ろうとユウタスは思いを強く胸に刻むのだった。


 2回戦に進んだ彼の相手は拳闘士なのにフードを深く被って顔を隠した謎の男、ゲレル。その不気味さから、ユウタスはゴクリとつばを飲み込んだ。

 試合開始のゴングが鳴り、彼は警戒しながらジリジリとゲレルとの間合いを詰めていく。後一歩でユウタスの攻撃の間合いに入る程に近付いたその時、ゲレルはいきなり両手を特殊な形に組み、呪文を唱え始めた。


「な、なんだ?」


 その雰囲気に危険なものを感じたユウタスは、すぐにバックステップで改めて距離をとった。フードの対戦相手はそれをチャンスに最後まで呪文を唱え終わる。


「魔物召喚!」

「何……だと?」


 そう、ゲレルは拳闘の大会に魔物召喚と言う邪道を駆使してきたのだ。召喚された魔物は背中にコウモリのような翼を生やし、目は光り、口が耳まで裂けた不気味なもの。そう言う敵との戦いを全く想定していなかったユウタスは、すぐに立ち向かうのを止めて一目散に逃げ始める。

 当然、その逃げ腰の相手を魔物は執拗に攻撃し始めた。


「こ、こんなのと、どう戦えばいいんだよーっ!」

「ヒャワーッ!」


 魔物は謎の雄叫びを上げて、彼に向かって魔法の電撃攻撃を連続で打ち込み続ける。ユウタスはそれを紙一重で何とか避けるものの、いつ丸焦げになってしまうか分からない。

 逃げ惑う彼を見ながら、ゲレルは高笑いをするばかりだった。


「ほらほら、逃げろ逃げろ! 俺様の魔物はしつこいぜぇ!」


 この格闘とは言えない戦いに当然会場からは大ブーイング。会場で観戦していたカナも、同じく戦いを見守っていたトルスも抗議の声を上げていた。


「こんなの武闘大会でもないでもないじゃないの!」

「魔物召喚とか、反則だぞっ!」


 勿論大会運営もゲレルの行動を違反行為と捉え、試合中止のアナウンスをする。


「只今の試合、魔物召喚はルール違反です。よってゲレル選手の反則負けとします!」

「はぁ? ざっけんな!」


 このアナウンスにゲレルは逆上。すぐに勢い良く両手を上げると、魔力の仕込まれた小さくて赤い丸い小石のような宝石を上空にばらまいた。宝石は空中で魔物に変化して、一気に数十体の魔物の集団が形成される。


「こうなったらこんな大会、全部ぶっ壊してやる!」


 ゲレルの行ったこの掟破りの魔物大召喚に、会場は混乱状態になった。一体一体でも迷惑な存在なのに、それが大量に現れたのだ。阿鼻叫喚の地獄絵図になるのも当然の話だった。


「キャー!」

「うわー!」

「助けてくれぇーっ!」


 現れた魔物達は戦闘の舞台だけでなく、それを観戦している観客席にも危害を加えようとする。この非常事態に、勝ち残っていた大会出場者は全員狩り出される事となった。

 この大会でもそれなりの腕自慢は多く参戦していたものの、何せ対処しなければならない魔物数が多過ぎるため、事態は中々沈静化出来ない。


「早く、避難経路はこちらです!」


 実力の足りないものは観客の誘導を、実力者は魔物の討伐を。観客席はパニックになりかけるものの、誘導が上手く進み、段々と人が減っていき、静かになっていく。

 そんな中、最初に魔物に狙われたユウタスは未だに反撃に転ずる事なく、ただひたすらに逃げ続けていた。


「うひぃ~魔物怖い~」

「しっかりするんだ。君だって一回戦を突破した実力があるんだろう!」


 彼の前に現れたのは優勝候補の1人、初戦でトルスを倒したバランだった。彼はゲレルの放った量産型の魔物をほぼ一撃で打ち倒していく。どうやら魔物自体の防御力はあまり高くはないようだ。

 魔物の弱さを目の当たりにしたユウタスはそこでようやく歩みを止めて、会場を我が物顔で飛び回るこの部外者達に向き合った。


「バランさん、有難うございます。俺も戦います」

「ああ、頼む。とても心強いよ」

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