VOL.5

 真正面にはエレベーターが一基だけ、それもゾウでも運べるかと思えるほど、間口のデカいやつだ。


 ドアが開く。


 すると中にはやはり黒づくめの男が二人乗っていた。


 先程の二人は中の二人にやはり頷く。

 向こうも同じだった。


 サングラスのせいで表情が全く読めない。


『おい、今度はボディチェックは無しかい?』


 俺の軽口に、向こうは何も答えなかった。


 俺とチュン、そして黒づくめ二人を載せると、エレベーターのドアがゆっくりと閉まった。


 そのまま上昇を開始する。


 他の階にはまったく止まらない。


 一直線に、15階まで、早くもなく、遅すぎもしない速度で上がっていった。


 そして、『15』の表示で点滅が停まると、ピンボールの『1000点』と同じ音がし、ドアが大きく左右に開いた。


 ドアの向こう側は昔観た、どこかの完全主義者の偏屈監督が撮ったホラー映画の如く、茶色いカーペットに、無機質なデザインの壁で飾られた廊下が、まっすぐに続いていた。


 流石に正面に不気味な双子はいなかったが、両側には壁に沿って、やはりダークスーツ姿の男たちが後ろに手を組んで、凡そ10人は並んでいる。


『さあ、どうぞ。主人(あるじ)はあそこでお待ちです』


 ドアが開くと、エレベーターに載っていた男の内、一人が俺達をうながす。


 俺は努めて冷静さを装いながら、やはり何となく不気味に思いながらも、ゆっくりと廊下を歩いてゆく。


 彼女の方はこれが当たり前だとでもいうような表情で、まっすぐ前を見つめて歩を進めた。


 廊下の取っ付きには、重い扉があった。


 それを、黒服の男が左右に開いた。


 中に入ると、そこはグリーンのカーペットが敷き詰めてあり、落ち着いた紫檀の家具が置かれている広い部屋だった。


『よく来た。元気だったか。チュン』


 威厳のある声が聞こえた。


 正面のバカでかい椅子に腰を掛けていた男がこっちを見る。


 背はそれほど高くない。歳は60歳後半か70代半ばといったところだろう。秘密結社の首領などというから、もっと身体のデカい、晩年のマーロン・ブランドのような人物を想像していたのだが、痩せていて穏やかな好々爺という感じだった。

 男の隣には背の高い、筋肉質だが痩せている三十過ぎくらいの男が鋭い目でこちらをにらみつけている。


 チュンは前に出て、両膝を突き、彼の両手を取ると、その上に額を載せてこうべを垂れる。


『お久しゅうございます。お父様』彼女の言葉に、男は『うむ』と呟くように口にすると、皺だらけの手で軽く髪を撫でた。


 それから彼女は、隣の若い男性の方を見て、

『お兄様もお元気そうで何よりです』

 膝をついたまま両手を合掌するように合わせて、頭を下げた。


 男は何も言わない、黙って頷いただけだった。


『お前も日本で随分苦労したことだろう。ナースの資格は取れたのか?』老人は椅子に座ったまま訊ねた。


 彼女同様訛りはあるものの、はっきりした日本語だった。


『はい、もう少しでございます。』


『そうか・・・・それは良かった・・・・』


 間もなくして、どこかでドアが開く音がし、黒い立ち襟の、身体の線が如何にもはっきりした衣装(ヴェトナムでいうところ『アオザイ』というものらしい)をまとった白い肌の女性が一人、音もたてずに室内に入って来た。


 同時に、二名の黒服男が革張りの椅子を二脚持って現れ、俺達の後ろに置く。


 椅子にはそれぞれ、米国のハイスクールで見かけるような小さな備え付けのテーブルが取り付けてあった。


『お父様、この方が私の恋人・・・・そして許嫁いいなずけでございます』


 俺は軽く頭を下げた。


乾宗十郎いぬい・そうじゅうろうと申します』と、ちょっと気取って付け加えた。


『まあ、座り給え』


 老人は俺達に椅子を勧める。


 俺は彼女が座るのを確認して、ゆっくりと腰かけた。


 先程の女が、ワゴンを押して回り、まず首領のテーブル、それから何時の間にか彼の隣にしつらえられた椅子に腰かけているチュンの兄。それぞれの間に置いたテーブルに陶器の茶器を置いて回り、そして俺と彼女の前にも、同じような湯飲みを置き、頭を下げて去って行った。


 首領がふたを取る。


 ジャスミンティーに似た香りが俺の鼻をくすぐった。


 彼はゆっくりと茶を啜る。


 合わせて息子、そしてチュンも飲んだ。


 だが、俺だけは飲まなかった。


『ん、どうして飲まない?』


 いぶかし気な表情を俺の方に向けた。


『生憎私は今喉は乾いていません』俺が素っ気なく答えると、首領は意味ありげな微笑を浮かべた。


『用心深いことだな・・・・まあ良かろう。ではまず結論から先に言う。娘・・・・チュンとはどこまで行ったのかな?』


 




 


 

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