VOL.4

 八日目の朝、俺と彼女・・・・グゥエン・チュン・ロムの二人は南青山に向かった。


 このクソ暑い夏のさ中だ。

 

 ただでさえネクタイが嫌いなのに、首の周りを締め付けていくのは、本来ならば真っ平御免なのだが、今回の俺の立場は、


『恋人』・・・・いやさ、

許嫁フィアンセ』である。


 遠来からはるばるお越しの父上と兄上にお目通りするのだ。


 それなりに身なりを整えていく必要がある。


 という訳で、俺は滅多に着ない、夏向きのスーツに、ダークブラウンの無地のネクタイというスタイルに身を包んだ。

 

 彼女は彼女で、水色のツーピースに白のブラウスと言う服装である。


 御父上御一行様は、青山にある15階建ての高級マンションの最上階のワンフロアに滞在しているという。


 ここは元々別の持ち主がいたのだが、現在は彼女の実家である『秘密結社』が別会社を通じて、丸ごと買い取り、つまりは事実上の『日本支部』の拠点にしているという訳だ。


 ジョージに頼んで車を出して貰おうか、とも思ったが、彼女が、

『それには及ばない』と言った。


 果たして彼女の言葉通り、指定した時間きっかりに、ビルの前に黒塗りのベンツのリムジンが停車した。


 運転席から降りてきたのはサングラスにダークスーツ、頬のこけた浅黒い肌の男だった。


『お迎えに参りました・・・・』


 男は抑揚のない言葉でそう言い、後部座席のドアを開ける。


 彼女が先に乗りこみ、ついで俺が乗り込もうとしたが、男は、


『ちょっと』と、遮り、


『まことに失礼ですが、両手を挙げて頂けますか?』ときたもんだ。


『失礼ですよ!』


 車の中からチュンが顔を出し、きっとした声で男をにらむ。


『いいんだ』俺は笑いながら手を上にあげてやる。


『ご無礼を、主人の前に出る時の規則ですので』


許嫁フィアンセの父上と兄上にお目通りするのに、物騒なもんを持っていくなんて、俺はそこまで不作法な人間じゃないがね』


 男は上着からズボン迄、丹念にボディチェックをし、


『結構です。どうぞ』と、やっと納得したように頭を下げた。


 車の中は適度に冷房が効いており、外の暑さとはまったく無縁、移動しながらこんな贅沢が味わえるなんて、そう滅多にあるもんじゃない。


 ドライバーはハンドルを握りながら、さり気なくこちらの様子を探っている。


 俺は窓の外に目をやりながら、そっと彼女の手を握った。


 これも、60万円のうちだ。


 一瞬、えっというような表情を彼女はこちらに向ける。


 だが、直ぐに俺の意図を理解したんだろう。


 向こうも俺の手を握り返してきた。


 新宿から南青山・・・・距離的にはさほど遠くはないが、何だかやけにわざと遠回りしているように感じた。


『どうしてそんなウロウロと回り道をするんだね?』


 俺が訊ねると彼は、


『申し訳ございません。主人あるじの命令ですので』としか答えない。 


 結局、何度も遠回りをした挙句、1時間後、南青山の高級マンション前に横付けになった。


 そこは『マンション』というような筋の建物ではない。


 明らかに『宮殿(パレス)』と呼ぶに相応しいような場所だった。


 俺は横目でちらりと腕時計を眺め、


(なるほど)


 と、納得した。

 

 要するに運転手は時間調整をしていたのだ。


 入口の前には、やはりダークスーツにサングラスで武装した大男が二人立っていた。

 

 時刻は午後1時丁度。


 一人が腕時計を見ると、もうひとりがすかさずドアを開ける。


 俺はわざと尤もらしく彼女の手を取り、車から降りた。


『時間通りだろ?』


 俺が言うと、男がうなずいた。


『申し訳ございませんが・・・・』


 時計を見ていた男がまた俺のボディーチェックをしようとする。


『その必要はありません!』


 チュンの厳しい声が飛んだ。


 二人は、仕方ない、とでも言ったように顔を見合わせ、


 『では、こちらへ・・・・』と、俺達二人をマンションのエントランスホール導いた。


 


 

 


 




 


 


 



 

 


 


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