第9話 それは花火のように
北高校の騒動の後、三人は東校へ向けて走っていた。秀樹と澪はそれぞれエレキとベースを背中に背負い、ジョージはスネアドラムを右肩に担いだ状態で。そしてジョージはもう片方の手に持つスマホで電話していた。
「ええ、そうです。すみません。今走ってそっちに向かってます。・・・え?そうです。はい。・・・・・・はい、え? いや! いや、だ、か、ら! 今、そっちに走って向かってるっつってんの! いいから黙ってステージの用意しとけっつーの!!」
ジョージはそう言うと一方的に通話を切った。
「東校のステージのプログラムがもう既に終わってるらしい。早く俺たちが来ないと学園祭が終われないとよ」
先頭を走るジョージが振り向いて二人に言った。
「そりゃ押しちゃうよなぁ。なんなら一ステージ目から若干時間オーバーしてたし。もう真っ暗じゃん」
秀樹は空を見上げた。満月の夜に星が煌めいていた。つられて澪も空を見上げた。
「あ、夏の大三角!」
「いやマイペースかよ」
ジョージがつっこんだ。
「とにかく、到着してもほぼほぼ時間はない。多分、やれて一曲だ」
「……あと、一曲」
秀樹は呟いた。途端にその事実がグッと秀樹を押し潰した。
「なんてーか、早かったんだか、遅かったんだか、イマイチ分かんないね」
澪が二人に言った。
「いつもこんなんばっかだったな俺ら。結成から今の今まで、ずっとバタバタときたもんだ」
ジョージが自嘲気味に肩をすくめて言った。
「でも、楽しかったよな」
秀樹がそう言うと三人は同時に笑い出した。初めは小さく、そして徐々に大きく。三人はそれぞれがそれぞれでバンドの結成から今までのことを思い出し、ゲラゲラ笑いながら走った。
一通り笑い終えると、秀樹は二人に叫んだ。
「なあ、ジョージ! 澪!」
二人は秀樹を振り返った。
「俺さ、最近ずっと思ってたんだ。二人がどっか遠くへ行っちゃったみたいだ、って。俺よか一足先に大人になっちゃって、俺だけ置いてけぼりくらったみたいだって、そう思ってたんだ。ジョージは親父の跡継いで電気屋になって、澪は大学行って勉強して。俺だけ何をすればいいのか分かんなかった。バンド以外することがなかった。でも、社会に出て音楽で食ってくなんてきっとバカにされる。金だってまともに稼げない。親も、先生も、クラスの奴らもきっと反対する。
でも、でも、でも! すんげーーーー楽しいんだよ、音楽って、ロックって! 俺、今まで生きてきた中でステージに立つ瞬間が一番楽しいって思ったし、誰かが俺の歌った歌で楽しいとか、悲しいとか、なんでもいいから感じてくれたら、それだけで死んでもいいって思うんだ。だからさ、俺、俺。
俺、音楽で生きてく。初めから答えは出てたんだ。でも気付かないフリをしてた。それにやっと気付けたんだ!!」
右手に東高の校門が見えてきた。そこに立つ数人の生徒がこちらを指さし「来たぞ!」と叫んだ。
「いっつも遅すぎんだよ、秀樹は。もう着いちまうじゃねえか」
「ま、やっと決心つけられたんならいいじゃん」
「ふん、途中で投げだしたりしたら殴りにいってやるからな」
「……もしかしてツンデレってやつ?」
「うるせえ」
そんな二人のやりとりを見て秀樹は笑った。それにつられて二人も笑った。三人を、月が照らした。
もうしばらく走ると右手に曲がって東校の校門をくぐった。グラウンドには昼間の間に建てられた屋外の特設ステージがライトアップされていた。三人は疲れでへたりこんだ。その場にいた生徒が何人か心配そうに駆け寄った。その生徒の一人に肩で息をしながらジョージは言った。
「ステージの用意は?」
戸惑いながらもその男子生徒は答えた。よく見ると腕に実行委員の腕章をしている。
「ええ。……楽器以外は。もう終了予定時刻過ぎてますが、お三方が出て行かないと、生徒達、多分帰りませんよ。早くスターマインを出せ、ってかなり待たされて半分イラついてます」
「また最後にそういうアウェーな展開かよ」
秀樹があきれながら言った。
「でもそれくらいがちょうどいいんじゃないの」
澪が二人の顔を見ながら言った。
「だな。いっつもトラブル続きなのが俺達だ」
「そんで結局なんとかできちゃうのも俺達なわけよ」
「最後まで変わんないね。あたしらは」
三人が顔を見合わせると、誰からともなくまたもや笑い出した。ひとしきり笑うとジョージが立ち上がり言った。
「うっし。行くか。曲はあれでいいな」
「うん」
「おう」
二人も立ち上がって応えた。三人は歩き出した。
光輝くステージが、三人を待っていた。
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