甘い香りのミイラ
そこは学校の敷地内。体育館の裏手を少し奥に進んだ裏庭。今は無き園芸部が活動していた場所だ。
使われなくなってから随分と時間も経ち、伸びきった草木が辺りを包んでいた。
捜索開始から15分。
それは草の中から現れた。
体育館の壁面の隅、隠れるようにして枯れた木の幹のようなものが転がっていたのだ。
「ん……」
なんでもないただの枯れ木だと思っていたのだが、そこに俺は普通ではない何かを見つけた。
「なあ、七条。」
遠くで捜索を続ける七条に声をかける。
「んー、なんだー?」
「顔の付いた木が落ちてる。」
はあ?と急ぎ目でこちらへ近づいてくる七条。何がなんだか分からない様子だったが、のそのそとやってきて、俺の指差す方を見て声を失くした。
「七条これ、“顔”、付いてるよなあ……」
枯れ木を見つめてみると、顔のようなものが付いていて、何やら苦悶の表情を浮かべているように見える。
仮にもしこれが人体だとするならば、首から下はねじ切れそうなほど変形していて、水分を搾り取った雑巾のようになっていた。
「いや先仲お前、これよく落ち着いていられるな。お前これどう見ても、この顔、校長じゃんか……」
「いやこれに関してはそっちこそだろ。確かにこの顔は見るからに校長だが、なんでミイラみたいになってるんだ。人間がこの短時間でこうも様変わりしてしまうのか?これが校長だとすると、あまりにも主張が強すぎて現実味が湧かん。」
「一体どうなってるんだ。」
この現実離れした惨状に頭を悩ませる二人。
「…セ―――。」
「あ!?今何か言ったか!!」
「おいどうした。」
「聞いたかよお前七条お前、今死体が口を開いた……。なんか言ってたが」
「は?聞き間違えじゃなくてか。なんて言ってた?」
「せ。」
「せ?」
「せ。って言ってた。何の事だ……。」
クソ、何の事だ……。
「何の事だ―――――ッ!!」
大声で校長のミイラに呼びかけたが、それ以降の反応はなかった。おそらくもう息を引き取ってしまったのだろう。
途方に暮れて、口を開いた。
「異常だぜ。謎の変死体も、校長の遺言も、甘い腕時計も。」
「謎、だな。」
「七条、救急、いや警察……呼んで。」
「任せろ。」
七条が済ませているうちに、校長ミイラを観察する。
捻れきった身体と黒褐色に変色した肌。水分を失い尽くしている。
目の奥は光を失い、まぶたと眼球には随分と隙間が開くほどしぼんでいた。
先程何かを言い残そうとした口元は木炭のように亀裂が入っている。
そこでふと腕時計のことが頭をよぎり、鼻をミイラに近づけて匂いを確認した。
腐敗臭というものはなく、本当に炭のように無臭であった。
しかし口元に近づくと、例の“甘い香り”が僅かにするのである。
「警察すぐ来るって。外傷はないが変色してミイラみたいに変わり果ててるって伝えたけども、なんか訳分かんねえな。職員室にも連絡入れといた。」
「今校長を調べてみたんだけど、また腕時計と同じ甘い香りがした。口元からだ。おそらく何か甘いものを口にしていたんだろう。」
「ホントか。何とも言えない情報だけど、無いよりマシかもな。その甘い食べ物に体の水分を全て搾り取るような毒物が盛られていたりして……」
「どんな毒だよこえーわ。」
「いやまあどっちにしろ怖いんだよなあ。猟奇殺人とかその範疇の話ですら無いのがこりゃまた。」
「とりあえず、警察に話聞かれても腕時計の事はあまり言いたくないな。正直に言うってのも手だけど、あーここはお互い話を合わせようぜ。」
「面倒くせえな。」
「俺たちは小説のネタ探しで写真を撮りに来ただけ。そこで偶然奇妙なミイラを見つけただけだ。」
「なんかムーの特集みたいな展開だな。」
「腕時計と匂いのこと、ましてやミイラが喋ったことは言わない。妙な話して面倒な方に進むのはよろしくない。学生の本分をわきまえて、余計なことには首を突っ込まないことが重要だ。」
「おう学生の本分をわきまえてしっかり勉強しろ。」
「うるさいやい。」
日もすっかり落ち、ミイラの横で談笑する二人であった。
執行部の酷暑な九月 先仲ルイ @nemusuya
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