第14話 窓辺の眠り姫

 その日は目覚まし無しで僕は目を覚ました。何か夢を見たようだったが覚えていない。それよりも昨日のことが脳裏によみがえる。

 僕と志穂ははじめてデートし、はじめてキスをした。

 ――まだ手すら握ってないぞ……。

 そうだ、僕は彼女の手をとってない。帰りだって僕のジャケットの袖を相変わらず志穂は掴んでいたけど、僕は気恥ずかしく感じて手をつなぐことが出来ないで終わった。

 袖を掴んでいたのは多分、手をつなぎたかったか……腕を組みたかったか。

「こんなにヘタレだったのか……」

 僕は起き上がりもせず思わず呟いた。

 時計を見れば5時30分を知らせている。普段よりも早い。厚めのカーテンからだと外の天気もわからない。雨音はしていないから少なくとも降ってはいないだろう。

 カーテンを開けば嫌でも志穂の部屋が目に入る。僕は思い切ったようにそれを開いた。

「あ……」

 窓を開き長い髪を風に揺らす美しい少女――もとい志穂と目が合った。

「おはよう、壮」

 彼女は柔らかく微笑んだ。僕は顔がボッと音をたてて熱くなるのを感じた。そんなところを見せたくなくて、思わず俯く。

「よく寝れた?」

 志穂の声は落ち着いていた。意識しているのは自分だけなのかと思うとなんだか悔しい。

「まあ、寝れた」

「そか。わたしね……、寝れなかった」

 僕は驚いて顔をあげた。

「なんだか……、夢みたいで」

 ふふと志穂は笑い、僕の言葉を待たずに続けた。

「寝れないからずっとここで壮の部屋見てた。出てこないかなって」

「え……あ、すまん」

「今頃眠くなっちゃった。壮の顔見たら……」

 そう言うと志穂は窓辺に腕枕を置いて眠りはじめた。

「志穂……、風邪ひく」

 と言っても彼女は起きなかった。

 なんだか気が抜けて僕も困ったような笑顔になってしまう。眠り姫は今寝たばかりだ。

「今日は志穂には珍しいズル休みだな」

 僕はスマホを手に取り志穂の母へラインを送った。

 返事はまだないけれど多分大丈夫だろう。

「おやすみ……。す……好きだよ、志穂」

 幸せそうに眠る彼女に聞こえるか聞こえないかという声で僕は言った。

 窓を閉めると早朝の静けさに包まれる。志穂が無防備に眠る姿を見ているのは、なんだか悪いことをしているような気がした。寝顔を見るのは初めてではないけれど。

 考えてみると、付き合うだとか言わずにはじまってしまった新しいカタチの関係――。タイミングをはかってきちんと言ったほうがいいのか……。

 志穂は仲良くとだけ言ったけれど、お互いの気持ちは同じことを確かめたはずだけれど。

 ――ケジメかな……。僕からも言えなきゃダメだよな。情けない。

 僕は鏡の前に立ち両頬を両手で叩いて自分に気合いを入れた。

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それから始まる物語 左右 非対称 @irohanine

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