第12話 夕日

「おはよう、ご夫妻」

 学校に着くといつも通りふざけた調子で言われる朝。

「おはよー」

 志穂は平気な顔で返している。

 僕らがまた一緒に居るようになってから、変わったのは野口だけじゃなく周りの皆もだ。正確には変わったというよりは、元に戻ったと言ったほうがしっくりくる。不思議なことに皆が安心したと口を揃える。まるで対にでもなってるものみたいな感じで扱われる……以前からだけど。

「よう!」

 後ろから背中をぱんっと叩かれ僕は情けなくもよろけた。

「小鉄……、朝からフルパワー出すな」

「出してない、出してない。今日もふたりとも元気でな!」

 クラスの違う奴は僕らをぐるっと避けて歩いていく。

 あいつと話していなかったら今こうしていないかもしれない。

 ――たまにすげえ鋭いのな……。

 悪友の背中を見送ると、僕らは教室前で分かれる。

「じゃあ、壮。また後でね」

「うん、じゃな」

 考えたら……、夢の国ランドなんてまた校内の誰かに見られて……見られて、見られて? 僕と志穂だったらどうなるんだ……?何もならないかな。


 中間テストは全て赤点もなくまずまずの成績でパスすることが出来た。志穂の協力のおかげだ。

「壮、今日一緒に帰れる?」

「ああ、大丈夫」

 まだテスト期間中になる。お互いの部活も休みだ。次の日曜にでもデートにいくことを既に僕らは話し合っていた。

 季節は晩秋――。実りの秋、食欲の秋、スポーツの秋、読書の秋、秋の夜長――。少し肌寒いくらいの気温が気持ちいい。

「じゃ、今週日曜で決まり! 楽しみ〜!!」

 志穂がはしゃいだ感じで手をぱんっと叩いた。

 ――気合い入れてる……。

 幼馴染みの可愛らしい癖を眺めながら僕は胸に込み上げる感情に目を凝らす。

 ――愛おしい……。

 志穂が。ついこないだまではちょっと気になる幼馴染みくらいだったのに……。

 どうした……僕。

「黄昏れてる?」

 思わず立ち止まって動けなくなった僕を、志穂がじゃれるようにからかう。

「あ! 壮、動かないで」

「へ?」

「動かないで……」

「う……うん」

 何かよくわからず僕は固まった。

「人差し指立てて顔の前」

「……こう?」

 僕は志穂に言われるまま顔の前に人差し指を立てて手を突き出した。

 ヒュッ――。

 耳元をかすめて指先に赤トンボがとまった。

「秋だね。壮、そのままそのまま」

 志穂がカバンからスマホを取り出す。

「動かないで……、そっと……」

 パシャッ――。

 シャッター音が3回続けて鳴る。

「あ……」

 赤トンボは志穂が撮り終わるのを待っていたように僕の指から飛び立っていった。

 ふたり顔を寄せて志穂の撮った画像を見ながらふざけあった。

 ゆっくりと秋の陽が沈んでいた。気付いた時には空が夕日に染められて独特の赤を映す。志穂の頬もほんのりと赤く染められている。

 改めてデートするのもいいけど……、こんな日常の中に見つける時間が僕には愛しく永遠に続けばいいのに――そう願わずにいられなかった。

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