第11話 上書き保存
あの日以来、野口は志穂に近寄らなくなった。出来る限り僕は彼女と行動を共にし、以前と同じかあるいはそれ以上そばに居る。冷やかす奴も今さらだがいるけど……、本当に今さらで。
そういえば、以前僕らがよく一緒にいた頃は野口は変な行動や強引なことはしなかった。何故なのかはわからないけど。
――僕が志穂を守れている?
理由はわからないが志穂が平穏無事に過ごせるなら、いくらでも僕がそばに居る。
朝8時過ぎ――。僕は隣の志穂の家の玄関前にいた。
「おはよー!」
輝くような笑顔の志穂が飛び出してくる。
「おはよ」
「壮、ありがとう」
「? 何が?」
「一緒にいてくれてありがとう」
照れ笑いをしながら志穂は言った。
「……が……たいからじゃん」
ボソッと言ってみたが気恥ずかしくて声にならなかった。案の定聞こえなかったようで、志穂は聞き返しもせずカバンの中にゴソゴソと手を突っ込んでいる。
「あった」
志穂はスマホを取り出すと何か思案顔でいじりはじめた。
「何?」
「うん、ちょっとね……上書き保存したいなあって」
画像かなにかだろうか。深く追及しなくても……、と僕らは並んで歩きながら学校を目指す。もう少しするとうちの学校の生徒の姿が増えてくる。
「壮、夢の国ランド知ってるよね?」
「ああ、ガキの頃行って以来だけど……」
「記憶の……、上書き保存、したいなと思ったの」
「記憶の?」
「そう」
「ああ……! 行くか」
「うん!」
志穂が嬉しそうに顔をほころばせた。
野口とデートしたという場所、記憶を更新したいらしい。
以前よりは志穂の言わんとすることや、仕草に表情で僕はなんとなく読み取れるようなったと思う。前はずっと一緒だから……とどこかおざなりなコミニュケーションしかとろうとしてなかったんだろう。向き合い方は確実に変わった。最近は気持ちの距離がとても近く感じる。
「楽しみ! テスト前は駄目だからちょっと先になっちゃうけど」
「テスト勉強も志穂頼りじゃん、僕」
「他の人より教え方上手いでしょー」
志穂はえっへん!と言った感じで胸をはった後、ペロッと舌を出して見せた。
――初デートかぁ……。
人生初のデート。
志穂と初めてのデート――。
「志穂……は、今までデートなんか沢山してきたよな」
卑屈な言葉が口をついて出てしまいハッとする。
――馬鹿……。
一緒に居ることは多かったし、志穂は申し訳ないほどに僕一筋で今まできたのに……。
「カウントのし方次第かな。わたしは壮とは何度もデートしてるのかも」
「それ……ゲーセンとか本屋も入ってるだろ」
エヘエヘと志穂が笑った。
「僕は初デートだと思う」
「……そっか。じゃあ、わたしは……先輩のをカウントしなきゃならないから2回目だね、壮とは」
少し困ったように彼女が言う。
なんだか今日は意地悪だな、僕は。そんなことしたくないはずなのに……。たまに出る卑屈さは彼女に対する劣等感があるのか。相手は学年一番の美少女。頭もいいし運動神経もいい。決して完璧なんかじゃないのだけど。
そんな娘と僕が付き合えるのは、幼馴染みだからってだけ……。
「壮?」
「あ……」
「なんか……顔が暗い。デート、嫌?」
「いや、ごめん。ちょっと考え事してただけ」
「相変わらず考え込むよね。何かあるならわたしに話してみてよ」
「そうだね。まあ、そのうち……」
僕は引きつった笑いを顔に貼り付けなんとか誤魔化す。
本当はこんなこと思いたくもないのに。女々しいんだよ! 自分を怒鳴りつける。
これからうまくやっていけるのかな……。今までとは関係性が違ってきている。
ふと不安に思う。
ザッ!
振り払うように地面を蹴る足に力を込めた。
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