第9話 悪友よ

「今日のアレ……すごかったよな。君は俺が守る! ビシィ!!」

「……ああ」

「…………」

「…………」

「なあ? アイス食ってかね?」

「……ああ」

「…………」

「…………」

「壮、オマエ中学ん時神田ちゃんのパンティーかぶって体育祭で踊ったってマジなん?」

「……ああ」

「…………」

「……ん? はあ?!」

 考え事をしていた僕を中学から同じ高校に通う友人である工藤小鉄が現実に引き戻した。

「アホ、冗談だよ。それよりアイス食って帰ろうぜ」

 カラカラと笑いながら小鉄が僕の腕を引っ張った。相変わらず……、小鉄といると悩んでいるのが馬鹿らしくなってくる。

「やっぱ残暑はガリガリくんざんしょ」

「……さむっ」

「涼しくなったろ」

 川沿いの土手に座ってアイスを頬張りながら軽口を叩いていると、少しづつ心も軽くなってくる。

 とりあえず、とにかく……、事実を事実として伝えないと。酷な気もするけど。どうするかは僕じゃなく志穂だ――。

「またため息か」

「……え、あ……すまん」

「まあ、悩むよね」

「…………?!」

「その顔ウケる。気付いてないと思ったみたいな顔すんなよ」

 ――は……恥ずかしい!!

「壮がわかりやすいのは前からじゃん」

 ――言ってくれれなあ……、コイツ。

 と思いながらも、昔からの友人で一番歯に衣着せぬ物言いをする小鉄を僕は信用している。言葉に嘘がない。安心して背中を任せられる仲だという自信がある。

「例えばさ……、こんな話があるんだ」

 小鉄がふいにいつものふざけた様子ではなく、どこか真剣さを感じさせる微笑で川向こうに目を移した。

「恋愛ってのは女性が先にフェロモンやらでシグナルを出して、俺たち男がそれをキャッチするんだと」

 折った膝に肘を乗せ、頬杖をつきながら小鉄が言った。

「俺からしてみれば、君たちふたりとも、もうとっくの昔からはじまってると思うんだけどな」

 ドクン――と、きつく心臓が脈打つのを感じる。

 いつから……? 志穂は僕を好きになったんだろう。小さい頃からそばにいるのが当たり前というほどに近い存在。好みの物も嫌いなことも、音楽の趣味好きな映画、お気に入りの靴……あとは……。

 よく知っているけど、近過ぎて見えない部分――。

 小鉄と別れて歩いていると、当然志穂の家の前を通る。よく手入れされた庭に大きなみかんの木が目印になっている。

 家には行けないよな……。隣同士だけれどなかなか……。

「壮くん?」

 逡巡する僕に声をかけたのは志穂の母親だった。

「ひさしぶりね! いつもごめんね、志穂が」

 にこにこと笑いながら手まねきされた。

「お久しぶりです。こちらこそお世話なっています」

「今日は大丈夫。いないから」

 きょろきょろと目だけを動かしていた僕に吹き出しながら志穂のママさん――千恵子さんは言う。

「たまにはうちに寄っていけば? 昔みたいに。志穂はまだ帰ってないんだけど。時間まだ早いわよね」

 ありがたい。志穂には学校じゃなくあの話ができるかもしれない――。

「お邪魔します」

 僕は靴を揃え、いつ以来か忘れるほど前にあがった家の中に招かれた。

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