第8話 君を守るのは誰?

「……が……で……よ」

「か……さ………しょ」

 ヒソヒソと話す声がする。クラスの女子連中だ。耳を澄ますとどうも志穂のことを言ってるのがわかる。僕は思わず眉間にシワを寄せた。

 当の志穂へと目をやると……。

「…………」

 周りの喧騒など意に介さないというような涼しい顔で席についている。心配そうな顔の両隣が話しかけることも出来ずにいるのが見える。

「……ビッチ」

 どこからか刺すような言葉が発せられた。教室内の空気が凍る。

 ああ……、おそらく学食での――。僕は思い当たった。

 噂の相手は学内の有名人、ただでさえ志穂自身の恵まれた容姿に注目が集まるのに。

 尖った氷のような言葉にも顔色ひとつ変えず、一文字に口を引き締めている志穂を見て僕は切ない思いにかられた。

 ――僕なんかに構わなければ……。

 いや、僕に志穂を守れる強さがあれば、だよな。

 両隣の仲良しとも話さずとびきり嫌な雰囲気に堪えてるのは巻き込みたくないんだろう。志穂らしい行動だ。

 人のウワサもなんとやらで済むだろうか。こんな時どうすればいいのか、どうしてやればいいのか……。

「今ビッチって言ったの誰だ?」

 教室の入り口から声が響いた。みんながざわつく。

 腕組みをしドアにもたれかかりながら端正な顔を怒りに歪ませる男子生徒――野口先輩だ。

「誰が言ったの? 出てこいよ」

 つかつかと教室内に彼は踏み込んだ。そしてぐるりと見回し、志穂で視線は止まった。

 志穂は瞑目し無反応でいる。

 しっかりとした足取りで先輩は志穂の目の前まで進んだ。

「志穂ちゃん」

 志穂は顔も上げなければ返事もしなかった。

「俺は諦めないからね」

 教室のざわつきが一層大きくなる。

「俺が守るから、君を」

 先輩は無言の志穂の肩をポンポンと叩いた。

 志穂が顔を上げ先輩を真っ直ぐに見返した。

「野口先輩」

「……なにかな」

「ずっと言ってますけど、わたし好きな人が……、大好きな人が他にいるんです」

「…………」

「一度デートしたら諦めるって……」

 泣き出しそうな顔の志穂が先輩に詰め寄る。

 ――そういうことかよ……。

 僕は昨日学食で志穂が何を言おうとしたのか理解した。

「こんな雰囲気で君を独りになんて出来ない」

 先輩はため息まじりに言った。

「言いたいことある奴は俺に言いに来い。志穂ちゃんを妬んでんだろ? こういことだから彼女にあたるのはお門違いだ」

 教室中に響く声で先輩は言った。

 一限のチャイムが鳴り響いた。

「じゃあ、また」

 先輩は慌てもせずに教室を出ていく。

 先ほどまでは凛とした表情だった志穂の顔色が青い……。

 ――志穂……。


「ご苦労さん」

 放課後の校舎の陰、野口とクラスメイトの女子数人が一緒にいるのを僕は偶然見つけてしまった。

「せんぱあい、これであたしらともデートしてくれるよね?」

「約束は守るよ」

「ちょっと綺麗な顔してるからってチョーシこいてんじゃねえよ、あの女」

「ちょっとじゃないけどね」

 これは……。志穂に伝えなければ。でも、どうやって? なんて伝えたらいいんだ……。

 僕は音をたてないようその場を離れながら頭を抱え込んだ。

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