第3話 兄妹

「ただいま」

 玄関からのドアが開き志穂がリビングに入ってくる。

「しいちゃん、おかえり」

 ソファーに深く腰かけていた金髪の美女が志穂に向かって声をかけた。

「お兄ちゃん、来てたの」

 ひと回り年上の兄は夜の仕事に就いていて、たまに実家に帰る生活を続けている。

 オカマである。

「しいちゃん、あなたまだあの隣の青坊主と付き合ってたの?」

「やばい……、見てたの」

 兄優樹は長い金髪をブァサッとかきあげて立ち上がった。

「ごめん、お兄ちゃん。わたし宿題やらなきゃならないから……」

 志穂が後ずさる。兄優樹はズンズンと志穂へと迫ってくる。185cmはある長身だけに迫力があった。

「いい? しいちゃん、あたし前から言ってるわよね?」

 ガッシと志穂の肩を兄優樹は掴む。そして力強く揺すりはじめた。

「男ってのはね、マ・モ・ノ、なのよ!」

「えっ……、でも…… お兄ちゃんは男の人を……」

「おだまりっ!!」

 志穂は心の中でえー?!と叫んだ。

「しいちゃん、あなたはあたしの自慢の妹よ! あなたほど美しい女性はあたしぐらいだと思ってる!!」

 ツッコミどころがありすぎて志穂は何も言えなかった。相変わらずではあるのだが。

「そんなしいちゃんに変な虫つけたくないの、わかって」

「相変わらず仲良しね、二人とも」

 黙って夕飯の支度をしていた母が呆れたように口を開く。

「お……、お母さん、お兄ちゃんを止めてくれても」

「マサキが止めても止まらないのは昔からだから」

「そうね! さすがママわかってる」

「高校生でモロッコまで行っちゃうし」

「行動力あるのよ」

 母親が割って入ってくれたおかげで兄の口撃が中断し志穂はホッと胸をなでおろした。

「それじゃ……、わたしは着替えてくるね。お父さん帰ってご飯になったら呼んで」

 そそくさとその場を立ち去ろうと志穂は踵を返した。

「あ、志穂」

「うん?」

 立ち止まり振り返る志穂に駆け寄り、耳元に母が口を寄せる。

「私は応援してるからね、壮ちゃんとのこと」

 志穂は思わず母を見た。ニッコリと笑って兄優樹のほうへ戻っていった。


「青坊主とか……」

 志穂は自室に入るとひとり呟いた。

「男が好きなくせに壮の良さがわからないなんて、お兄ちゃんダメだよね」

 誰に話すわけでもなく志穂は言う。制服を脱ぎハンガーにかけながら言葉はどんどん志穂の口から溢れた。主に壮の良いところを声に出して並べる。

 部屋着に着替えると志穂は窓の前に立った。

「青坊主じゃないし。あれで結構モテるんだから……」

 カーテンを開くと隣――奥森家の窓が見える。壮の部屋に妹の部屋の窓が並んでいる。

「なんか……」

 ――近いのに……、遠い……。

 志穂はうつむいて静かにカーテンを閉めた。

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