運動会と、委員長
九月は順調に進んでいった。十月は運動会があるので、その話もだんだん出てくる。
リレーの選手決め、そのほかの競技に出るメンバーも決めるし、それに得点をつける係や事前に飾り付けの花なんかを作るときのリーダーなども決めなくてはいけない。
何回かホームルームをして、すべて決まった。
すんなりとは決まらなかったけれど。
特にリレーの選手は何回も話し合いをした。出たいという子の意思は尊重したいけれど、クラス別対抗リレーには勝ちたい。三組チームの優勝がかかっている大切な種目なのだから。
最終的には体育の時間にタイム計測をして、一番いいスコアを出した子から順番に上から五人が選抜された。
惜しくもメンバーから洩れてしまった子はすごく悔しそうにしていたし、陰でこっそり泣いた子もいたようだ。全員の希望が通らないのは悲しいけれど、仕方のないことでもある。
恵梨はそれほど運動が得意ではないので、最初から選手は諦めていた。
けれど梨花は割合体育が得意なので一応計測には参加していて、そして八位という微妙な順位を取って苦笑いしていた。
「すっごいビミョー。惜しいとも言えないかもしれない」なんて笑っていたものだ。
そんなわけで、恵梨は普通の競技……大玉転がしと二人三脚に出ることになって、もちろん二人三脚は梨花とタッグを組んだ。
「私が引っ張るから大丈夫! 恵梨はついてくるだけでおっけーおっけー」
「梨花早いんだから、あんまり引っ張られたらコケちゃうよ」
そんなことを言って、小突き合った。
そして競技以外には、恵梨はシンプルに係の中でも地味な、得点計算係になっていた。
どの競技で何点取ったかを、記録していくのだ。そしてその都度、体育委員会に提出していく。計算係のメンバーは多いので、そう苦労することもないだろうと思った。
そして志賀原は運動会の飾りつけの委員長に抜擢されていた。器用なところを買われたのだ。
それだけでなく、ひとのことを気づかえるところも委員長向きだとみんなに言われていたし、実際に恵梨もそう思った。
飾りつけを作るのはクラス全員であるし、おまけにほかのクラスとの兼ね合いもあるので、その話し合いをしたりもしなければいけない。でも志賀原ならば、きっとうまくみんなをまとめてくれる。
すべて役割も決まって、実際に競技の練習や本番までに必要なものを用意するのも、少しずつ進んでいった。
そして『それ』が起こったのは、その準備も順調に進んでいたはずの九月の終わり、体育祭の一週間ほど前の出来事だった。
「え、壊しちゃった?」
三、四時間目にあった合同練習のあと。
給食の直前に隣のクラス、五年二組の子が、申し訳なさそうにやってきた。委員長の志賀原のもとへ。
志賀原はそれを聞いて顔をしかめた。
飾りつけの中でも一番重要な、くす玉。それに大きなキズがついている。運んでいるときに落としてしまったそうだ。
「いいよ、直しとくよ」
それでも志賀原はなにも怒ったりしなかった。
時間をかけて作ったのだ、それを壊されたら怒っても仕方がないというのに。
給食当番だった恵梨は、スープをお皿によそいながら、ちょっと離れた場所でそれを見ていた。
「わ、悪いよ……オレたちのクラスが壊しちゃったんだから、ウチで……」
報告にきた男子は慌てたように言ったけれど、志賀原はそれを制した。
「いや、これ作ったのウチのクラスだから、作り方よくわかってるし。三組でやったほうが早いよ」
志賀原の言ったことは合理的だった。くす玉をメインで作ったのは三組なのだ。
「そっか……本当にごめん。なにかで埋め合わせはするから」
そう言って、二組の男子は帰っていった。
「ったく、せっかく作ったのに壊すとかサイテーだな」
「そのぶん、運動会は二組の得点から引いちゃえ」
二組のメンバーがいなくなってから、クラスにいた男子たちはぶーぶーと文句を言った。
その気持ちはわからなくもない。みんなで力を合わせて頑張って作ったのだ。それを壊されたりしたら。
しかし志賀原はぴしゃりと言った。
「確かにムカつく気持ちはわかるけど、わざとやったわけじゃないだろ。失敗することは誰にでもあるし、そんな責めたら可哀想だ」
クラスの大半の男子が否定的だったのに、志賀原は堂々と言う。
はたから聞いていて恵梨はすごい、と思った。委員長に抜擢されたのは、こういうひとだからだ。
「それに大丈夫だよ。全壊したわけじゃないから、ちょっと修理するだけでいい。不幸中の幸いだと思わないと」
言い方をちょっとやわらかくして言った志賀原だったけれど。
「オレ、パス。部活あるし」
そっけなく言った一人の男子を皮切りに、オレも、オレもと声が上がる。
おまけに「やるって言ったんだから、委員長様がやればいい」なんてことを言う子まで出てきた。
ひどい、と思った恵梨だったが、同じようにそんな男子たちに文句を言ったのは女子グループのひとつの子たちだ。
「志賀原くんの言うとおりだよ! みんなでやれば早く終わ……」
言いかけた子の言葉はすぐにさえぎられた。
「全員で寄ってたかったって進みやしないだろ。やるって言ったやつがやればいいんだ」
「そういう考えなのがひどいの!」
「なんだよ、そのとおりだろ!」
ぎゃあぎゃあと言い合いになってしまう。
文句を言った男子グループと、それをひどいと言った女子グループの間に険悪な空気が一気に漂った。クラス内はもう給食どころではなかった。
どうしよう。
恵梨はどちらにも入れもしなくて、給食をよそう手も止まってしまった。ほかの子たちも同じように、おろおろしている。
「やめろよ!」
そのときまたぴしゃりと志賀原が言った。
「オレがやる。それでいいだろう」
クラスの中は、しん、としてしまう。
「勝手にしやがれ、委員長様」
一番文句を言っていた男子が吐き捨てるように言って、それで一応事態は収束した。
そのあと給食を食べている間も、教室内はなんだか妙な空気だったけれど。
文句を言った男子グループが見せつけるように大声で会話したり笑ったりして、それは大変不快なものだった。少なくとも恵梨はそう思った。
そしてさらに少なくとも、一緒に食べていた梨花や美里、佳奈も同じ意見だった。
「志賀原くんの言う通りなのにね。おまけに自分がやれとか言われたわけでもないのに」
「ああいうの、やだね。コドモって感じ」
ひそひそと言い合う。本人たちに聴こえないように。
それに混じってしまって、言っていること自体は間違っていないと思うのだけど、恵梨は後ろめたかった。陰口をたたいているようで。そのとおりなのだが。
でも志賀原は、仲のいい谷崎やほかの数名の男子たちと普段通りに給食を食べていた。
仲のいい男子も多いのだから、文句を言っていた男子たちにいじめられたりすることはないだろうけれど。恵梨はやっぱり心配になってしまった。
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