誕生日はいつ?
「オハヨー」
「久しぶりー」
夏休み明けの九月一日。教室はとても賑やかだった。
仲のいい子は夏休み中も良く遊んでいたけれど、クラスメイト全員と会うのは終業式以来だ。
教室でもあちこちで話が盛り上がっている。普段遅刻ギリギリになることも多い梨花も、今日ばかりは早く登校してきて、恵梨と久しぶりに教室で再会した。
「おはよ」
梨花の席で話していると、そこへ志賀原が登校してきた。梨花の席の前、自分の席にランドセルを置いて、にこっと笑って言ってくれる。
恵梨も笑って「おはよう」と言った。梨花も同じくだ。
クッキーをもらったあのあとも、一回志賀原と会った。「新しくオープンしたケーキ屋があるんだけど、試食しに行かないか?」と誘われて。
「なんとマドレーヌ、一個無料券、もらったんだ」と言う志賀原は、もうすっかりくだけた話し方になっていた。
恵梨ももう、過度に緊張したりしない。当たり前のように……とはいかないけれど、すんなり会話ができるようになってしまっていて、ケーキ屋に行ったときもとても楽しかった。
無料でもらえるマドレーヌは一個だけだったのだけど、志賀原が「半分こしよう」と半分に割ってくれた。それを受け取って食べたときは、流石にどきどきしてくすぐったかったけれど。
「こないだはありがとな」「あのお店、おいしかったよね」と志賀原と話していると、梨花が笑みを浮かべながら混じってきた。
「ずいぶん仲良くなったよねぇ、恵梨と志賀原くん」
志賀原と二回会ったことは、もちろん梨花にその都度報告していた。
そしてそのたびに、いや、特に報告がないときでも梨花には何回も「告白しちゃいなよ」「絶対うまくいくから」とつつかれていた。
その頃にはなんとなく、「告白してみても、うまくいくんじゃないかなぁ」と恵梨も淡い期待を抱くようになっていた。
だって、夏休みの間、二回も会ってくれたのだ。
それも二人きりでだ。
ほかの女子にこんなふうにするだろうか?
でもやっぱりなかなか勇気が出なかった。
機会がなかったのもある。
どういえばいいのかわからないのもあった。梨花のように、面と向かってはっきり「好き」という自信はなかった、けれど手紙もどうかと思う。スマホのメアドだって交換したんだから、メールで言ってしまってもいい。
けれど、なんとなくそれも気が向かない。大切な話なのだ、メールで済ませてしまうのもどうかと思う。結局うじうじしてしまっている。
もう! 林間学校で『積極的になる』って決めたのはどこの誰!?
自分を叱りたくなってしまう。
確かに以前に比べて、格段に積極的に、前向きにはなれていると思う。でもまだまだなのだ。
「そうだな、篤巳と話してると楽しいし」
「えー、ほんとに! なんか恵梨のこと褒められると私も嬉しいなぁ」
梨花が「ずいぶん仲良くなった」と言ったことも、志賀原はそのまま受け止めて肯定してくれる。
そう思ってもらえているなら嬉しい。恵梨の胸は熱くなった。
「もう、梨花ったら私のお姉ちゃんみたい」
恵梨は言ったけれど、梨花はやっぱり、ふふん、と得意げに言った。
「そんなもんでしょー! 誕生日だって私のほうが早いしー、髪とかいろいろやってあげてるしー」
「はいはい、お姉ちゃん」
梨花の誕生日は四月だった。クラスの中でもかなり早いほうだ。
それに関しては、梨花が自分で言ったことがある。
「『梨花』って名前、春生まれだからつけたんだって。ナシの花が咲くのは春だから」
初めて聞いたときは感心した。けれどそのとき梨花は言ったのだ。
「恵梨もそうじゃないの? 日本のナシは夏だけど……洋ナシは秋じゃん」
そのとおり、恵梨は十月生まれだった。洋ナシのシーズン真っただ中だ。
梨花に言われたあと、お母さんに聞いた。そしてお母さんはあっさりと「そうよ」と言ったのだった。
「お父さんが、洋ナシ好きでしょう。字もかわいいから、女の子が生まれたら『梨』の字を入れようって決めてたの」
恵梨本人が知る前に予想していた梨花はやっぱりすごい、と恵梨は感心したし、それを伝えたときの梨花もやっぱり鼻高々という様子になった。
「高村のほうが誕生日、早いのか?」
誕生日の話が出たので志賀原が聞いてきた。そういえば誕生日の話をしたことはなかったな、と恵梨は思う。
「うん、そうだよ! 四月!」
「マジか。じゃあもう十一才なのかよ」
「そうだよー! 敬いたまえ!」
もう一度梨花は胸を張った。
そのあと志賀原は「篤巳はいつなんだ?」と聞いてくれて、恵梨は何気なく「十月だよ」と答えた。
「へぇ。もうすぐだな。何日……」
志賀原が聞きかけたとき。そこで予鈴が鳴った。
「あ、席戻らないと」
恵梨は梨花と志賀原の席の近くを離れようとしたが、そのとき志賀原が言った。
「篤巳、あとで教えてくれよ」
「うん! そのとき志賀原くんの誕生日も教えて」
そんなやりとりをして、恵梨は席に戻る。
教えてほしいとわざわざ言ってくれた。
別にその場でひにちを言ってしまっても良かったのだけど、なんだかもったいなくなってしまったのだ。
だって、今、言わなければまた話せるのだ。
そのくらいには恵梨のほうにも余裕ができてしまったのである。
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