お疲れ様でした、林間学校

 その日の午前中は陶芸体験だった。

 先生に「どこへ行ってたの」とちょっと叱られたものの、無事にほかのクラスメイトと合流することができて、そして宿泊施設に備え付けの専用の部屋で陶芸を教わった。

 土をこねて、ろくろというものに土を乗せて……。

 作るものは『食器』というテーマを出された。湯呑みでもお皿でも、食べ物や飲み物を入れるものならなんでもいいそうだ。

 「なににしようかな」と考えることはなかった。事前に「なにを作りたいか決めてきてね」と言われていたので。恵梨はお皿……平たいお皿を作ることに決めてきていた。

「ケーキとかクッキーとか乗せたらいいかなって」

「それいいね! じゃ、それに乗せてケーキ食べさせてよ」

「うん、できあがったらね」

 林間学校の前、『なにを作るか』という話をしたときに梨花に話していた。

 梨花は湯呑みを作るのだと言っていた。ちょうど新しいお湯呑みが欲しいと思っていたところだったんだ、なんて言って。

 陶芸は色も選べるそうだ。紺、黄緑、ピンク……などいくつか種類があって、その中から好きな色を付けられると聞いた。

 ピンクのお皿にケーキを乗せたらかわいいだろう。

 梨花と、そして美里と佳奈と一緒にわいわい騒ぎながらお皿や湯呑みを作って、でも「焼いたあとにも作業しないといけないことがあるから」と、すぐには持って帰れなかった。

 約一週間で学校に届けてくれるそうだ。出来上がりが楽しみだね、と言い合った。

 そのあとは宿舎でお昼を食べて、すぐにバスで帰路についた。

 帰りのバス。まだ早い時間だったのに静かだった。

 眠っている子が半分はいただろう。昨夜よく眠れなかった子も多いはずだ。

 そして今朝と同じように、起きている子もそういう子を気づかって静かにしていた。

 行きと同じように梨花の隣に座ってしばらくはおしゃべりをしていたのだけど、梨花がやはりうとうとしはじめた。

 「寝ちゃうかも」と言った数分後には本当に寝てしまい、恵梨はおかしくなったけれど、自分も眠たかったのでそのまま目を閉じた。

 林間学校、いろんなことがありすぎた。

 昨日はウォークラリー、カレー作り、そして火の巫女からのキャンプファイヤー。

 今日だって、さっきまでの陶芸体験。

 たくさん、たくさん経験して、心も体もくたくた。楽しかったけれど。

 そういえば麗華ちゃん、今度は志賀原くんに「一緒に座ろう」って言わなかったな。うとうとしながら思った。

 朝ご飯のあと、麗華に呼び出しを食らったけれど、麗華だって好きで恵梨に言いがかりをつけたわけではないだろう。

 好きなひとが自分に冷たくて、しかもほかの女子と仲良くしていたら気分が悪くなって当然だと思う。

 だから麗華のしたことだってある意味「仕方がない」ともいえること。

 ひどい、とか嫌だ、とか思ったけれど、過度に麗華を責めたくはなかった。

 梨花は言った。

「志賀原くんは、誰かをいじめるような子は絶対好きにならないよ」

 そのとおりだ。

 いじめるなんてことはもちろんしない。けれど嫌なことをされたからといって復讐したりする子だって、嫌いだろう。

 すぐには割り切れないかもしれないけれど、麗華ちゃんのことも嫌いになりたくない。

 思いながら恵梨は眠りに落ちていった。



 眠っている間にいつのまにか学校に着いていた。

 学校ではみんなのお母さんやお父さん、保護者のひとたちが待っていてくれた。

 目覚めてバスから降りてもなんとなく、まだうとうとしているような心持ちで先生の話を聞いて、解散。

 迎えにきてくれたお母さんとの、「楽しかった?」という会話もなんだかちょっとふわふわしていて。

 家に帰ってまたソファで眠ってしまったらしい。

 目が覚めたときには夕方で、体にはブランケットがかけられていて。起こしてくれたお母さんが「疲れたのね。夕ご飯よ。食べて、今夜も早く寝なさい」と優しく言ってくれたのだった。



「ねー、どれにする?」

「私、これがいいな」

 言い合いながら、壁に張り出された写真を見て指をさす。掲示されているのは林間学校の写真。

 自分たちでもスマホで写真を撮ったけれど(時間と場所の制限付きではあったけれど、少しだけスマホの使用は許可してもらえた)ここに貼り出されているのはプロの写真家さんの撮った、きれいな記念写真だ。

 写真に振られている番号を書いて提出すれば、その枚数だけ買えるらしい。恵梨のお母さんも言ってくれた。

「好きなのを買うといいわ。せっかくの思い出だもの。ほしいのを全部買ってあげる」

 そして「お母さんも見たいし」とも言ってくれたのだった。

 写真に写っている、想い出の林間学校も、もう二週間近く前のことになった。

 七月に入ってもう随分暑い。まだ夏休みは遠いけれど、気の早い梨花をリーダーに『夏休みプチ旅行』をしようなどと計画していた。

 とはいえ、ちょっと遠くのテーマパークに美里と佳奈たちと四人で行くという、本当に『プチ旅行』。泊まりはもちろん許してもらえないので。

 でも家でのお泊まりくらいはしてみたいなと、最近お父さんやお母さんに最近お願いしているところ。

 ちなみに例の陶芸もきちんと学校に届いて、自分のぶんをもらった。

 ピンク色の平たいお皿。きれいに焼けていた。表面はつやつやしている。

 「かわいくできて良かったね!」と言ってくれた梨花の湯呑みはちょっとゆがんでいたので、「ほかのことは器用なのに、陶芸はだめなんだ」「うるさいなぁ、初めてしたんだから仕方ないじゃん!」なんて笑い合った。

 そのお皿を使って何度かお菓子を食べたけれど、はじめに使ったのは梨花にケーキを出すときだった。

 手元に着いた次の週末。梨花を家に招いてケーキを振舞った。もちろん、林間学校でさんざん助けてもらったお礼である。

「わー、洋ナシのタルトかぁ」

 ケーキを前にして梨花は目を輝かせてくれた。恵梨の作ったのは、梨花の言ったそのとおり洋ナシのタルトだった。

「すっごい難しそうなのにすごいねぇ」

「そんなことないよ。洋ナシは缶詰のやつだし、タルト生地を焼いて、そこにクリームと洋ナシを入れて、もう一回焼くだけ」

「いや、『焼くだけ』なんてさらっと言ったけどね? そんなの全然『だけ』じゃないから」

 謙遜したのだけど梨花はそれを否定した。そう言ってもらえると嬉しい。

 ぱくりと食べればもちろん「おいしい」と言ってくれた。二人でタルトを食べながら話した。

「ナシ、ね。『梨(ナシ)』、私たちの名前だ」

 梨花が言って、恵梨はやっと気づいた。

 そうだ、二人の名前に『梨』が入っているからと梨花と仲良くなったのだった。なにも気付かずにタルトを作ってしまった自分は、ずいぶんニブかったなと思う。

「それがきっかけで恵梨と仲良くなったんだもんねぇ」

 梨花も同じことを思い出してくれたらしい。しみじみと言った。

 同じことを思い出したことが、同じ思い出があることが嬉しい。

「だから、好き。ナシも、自分の名前も」

「私もだよ」

「やっぱおんなじだ」

 好きだと言ってくれた梨花と笑った。そしてそのあと、梨花が言ったこと。

「ねぇ、梨の花の花言葉って知ってる?」

「花言葉?」

 恵梨はちょっと目を丸くした。考えたことがなかったので。

「梨の花にも花言葉があるんだよ」

 梨花はそういうところも詳しいんだ、と感心しながら恵梨は「なんていうの?」と聞いた。

 そんな恵梨に、梨花はにこっと笑って花言葉を耳打ちしてくれた。

 その『花言葉』は、ちょっと照れるものの、とても優しいものだった。

 そんなふうに平和に過ぎていった七月。

 ちょっと緊張することが起こったのはそんなときだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る