呼び出しと親友
そして事態は恵梨の恐れていたほうへ転んでしまった。
連れていかれた宿舎の裏。麗華のグループの子、二人がそこにいたのだ。
二人とも麗華と同じ、派手で気が強い子。昨日お風呂ではしゃいでいた子たちだ。
そのとおり、クラスの女子の中心的存在。敵に回せば最悪いじめられてしまうことだってあるだろう。恵梨の心臓が一気に震えた。
「あなたさぁ、どういうつもりなの?」
切り出したのはもちろん麗華だった。恵梨はなにも言えない。
「志賀原くんがちょっと優しいからっていい気にならないで」
「なってないよ、別に私は」
言いかけた。本当にそのとおりだったので。
声をかけてきたのは志賀原なのだ。確かに嬉しく思ったのは確かだけど、それを理由にこんなふうに呼び出されて因縁をつけられるのは理不尽すぎる。
「じゃあ志賀原くんが好きじゃないっていうの?」
はっきり言われて恵梨は詰まってしまう。顔も赤くなったかもしれない。
恵梨の反応を見て麗華は鬼の首を取ったように言う。
「なによ、そんな髪型してかわいこぶって。なにもできないくせに」
しかし麗華の言ったこともそのとおりだった。
告白もできないし、そして麗華のしたように、はっきり『好き』も態度にできていない。
ずるい、のかな。
恵梨は弱気になってしまう。
「もう近付かないで、志賀原くんに。じゃないと」
麗華が言いかけたときだった。うしろから、ざざっと草を踏み分ける音がした。
思わずその場の全員が固まってそちらを振り向く。
誰がきたのか、と思って。先生だったらやっかいなことになる。
しかし現れたのは。
「ちょっと! 麗華ちゃん、恵梨になにしてるの!?」
恵梨にとって、救世主・梨花だった。
恵梨は違う意味でどきんとする。
「な、なにもしてないわよ。ただ、恵梨ちゃんが志賀原くんに対して図々しいから」
自分だけが仲間の女の子といたことで、安心して恵梨を罵れていたところはあるのだろう。恵梨の親友の梨花が現れたことで、麗華ははっきり動揺した。
「別に恵梨は図々しくないよ! 志賀原くんから誘ってくれたんじゃん!」
梨花は麗華の言葉を即座に否定する。麗華は、ぐ、と詰まった。
「志賀原くんが麗華ちゃんのカレシなら図々しいけどさ、そういうわけじゃないじゃん。だったら志賀原くんの勝手じゃん」
その場は梨花の独壇場となっていた。
ほかに誰もしゃべれなかった。梨花の言っていることも事実なので。
恵梨もなにも言えなかった。口を挟む余地などない。
梨花はマシンガンで弾を撃つかのごとく、続けていく。
「麗華ちゃんが志賀原くんのことを好きなのはわかるよ。でも志賀原くんが誰かを誘ったって、志賀原くんの勝手じゃん! それは恵梨がなにを言わなくたって関係ない! それは麗華ちゃんの八つ当たりだよ!」
梨花の言ったことは正論だった。
多分、「なにもできないくせに」のくだりは耳に入っていたのだろう。そういう言い方だった。
麗華は黙ってしまう。そんな麗華に、最後に梨花は言った。
「このことを理由に恵梨をいじめたりするのは絶対やめて。志賀原くんは、誰かをいじめるような子は絶対好きにならないよ」
そして言った。
「行こ、恵梨」
恵梨の手を引っ張ってくれる。麗華と二人の女の子に背中を向けて、その場を去る。
助けてくれた。
やっと実感できて恵梨は一気に力が抜けた。ほぅ、と息をつく。
宿舎の入口へ向かいながら、でも梨花は言った。
「あー、どきどきしたぁ。麗華ちゃん怖いんだもん」
梨花も怖かったのだ。麗華と対峙するのは。
当たり前かもしれない。麗華は派手だし、迫力もある。
おまけにグループの子たちすらうしろにいた。
こちらも恵梨と二人になったとはいえ、対等に戦えるかはわからなかったのだ。
でも怖いのを我慢してまで助けてくれた。
恵梨の胸に熱いものが溢れる。梨花の手をぎゅっと握った。
「本当にありがとう」
梨花も当たり前のように、手を握り返してくれる。
「ううん。親友だもん。見付けられてよかった」
「なんでここがわかったの?」
恵梨が食堂を出るところを見ていたのかもしれないけれど、そこですぐに追いかけてきたというわけではないはずだ。
それならもっと早く現れてくれたはず。だからそれは違うだろう。
でも梨花はさらっと言った。
「呼び出しって言ったら校舎裏って相場が決まってるじゃん。よくマンガとかであるし」
つまりアタリをつけただけで探してくれたということだ。宿舎の入り口について、靴を脱ぎながら梨花は言った。
「ああ言えば、いじめとかしてこないと思う。麗華ちゃんがそこまでバカじゃなければ、だけど」
靴を靴箱に入れながら、梨花は苦笑する。
「ごめん、口が悪いね。でも恵梨がターゲットになるなんて、絶対イヤだから」
「……ありがとう」
「いいって。その代わり、私が困ってたら助けて」
今度は梨花は、にこっと嬉しそうに笑った。
「当たり前だよ」
泣きそうになるくらい嬉しかった。恵梨は当たり前のようにそう答える。
梨花には助けてもらってばかりだ。今度、お礼をしないと。
二人で三組の女子部屋へ向かいながら、恵梨は決めた。
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