一緒に朝ご飯!?

「恵梨」

 呼ばれて、恵梨は、はっとした。

 一瞬、どこにいるのかわからなかった。あたりはうっすら白んでいる。

 隣を見ると梨花がいる。普段とはまったく違う姿……髪をおろして、寝間着のTシャツと短パンの姿だ。にこにこしていた。

「早く目が覚めちゃった」

「あ……そう、なんだ」

 そうだ、林間学校にきていたんだ。

 恵梨はやっと気付く。

 ごそごそと動いて上半身を起こすとまだ寝ている子と起きている子が半々くらいだった。

 まだ明け方くらいなのだろう。決められた起床時間にはベルが鳴ると聞いていたので、きっとまだそれより早い。

 なので起きている子も寝ている子を起こさないように静かに過ごしたり、声をひそめて友達と話していたりするようだ。

「起こしてごめんね」

「別にいいよ」

 梨花に言われたけれど、梨花が早めに起こしてきたのは理由があったようだ。

 「洗面所、空いてるうちに顔洗って髪、とかそうよ」と誘われたので恵梨は「いいよ」とついていった。

 水で顔を洗ってタオルで拭く。水は少し冷たくてそれで完全に目が覚めた。

 今日はコームではなくしっかりしたブラシで髪をとかしながら梨花が言った。もちろん、あたりを厳重に確認したうえで。

「あのさ、告白は無理だとしてもさ、ちょっとアピールしてみるとかはどう?」

 梨花の言い出したことはよくわからなかった。

 アピール?

「たとえば昨日のウォークのこととかさ。フォークダンスだって、一回は組んだでしょ」

「そしたら、告白されても恵梨のことが頭に浮かぶかもしれないよ」

 梨花は言ったけれど、わかった。

 意図的に『志賀原』と名前を呼ぶのを避けてくれたようだ。

 万一、ほかの子に聞かれてもわからないようにだろう。

「……そっか。そのくらいならできるかも」

 ちょっと胸がどきどきしてきた。

 「好きです」というよりはずっと簡単だ。

 「昨日のウォーク楽しかったね!」とか「ダンス、一緒に踊れてよかった」とか言うだけでいい。それだけなら、ちょっとの勇気でできると思う。

「と、いうわけでー。アピールする必要のある恵梨には私が特別な髪型にしてあげよう」

 ふふん、と言った梨花。手に、ブラシとヘアゴム、そしてピンを構えている。

「特別!?」

「そう。学校ではもったいないようなやつをねー」

「え、あ、ありがと」

 どうされるのかはわからなかったけれど、梨花がやってくれるのだ。きっととてもかわいいだろう。

 恵梨はおとなしく椅子に座った。前に鏡のある化粧台だ。

 大人の女の人はきっとここでメイクをしたりするのだろう。

 メイクなんてまだ早い。

 けれど休日用のマニキュアと色付きリップは持っている。「学校につけていったら取り上げるからね」とお母さんに厳しく言い渡されていたけれど。

 もちろん梨花がすすめてくれたのだし、一緒に選んだものだ。

 本当はそういうものをつけられたらいいのだろうが、やっぱり『学校』でなくても『学校行事』なのだからだめだろう。そう思っておいてきてしまった。

 まぁ、つけたらつけたで今度は先生に怒られそうだけど。

 恵梨がそんなことを考えているうちに梨花は恵梨の髪をいじっている。

 普段ツインテールにするときと少し似ているけれどなにやら編まれているようだ。

 すごい、こんな髪型、したことない。

 作られている間、すでに感心していたのに完成したものを見て、恵梨は感嘆した。

「すっごい。めっちゃかわいい」

 それは編みこみになっているおさげツインテールだった。編みこみは梨花に横から鏡を見せてもらって見た。

「フゥ。梨花さん渾身の出来だよ!」

「ほんと、パーティーとか出られそう」

「あ、そうだよー、親せきの結婚式のときに、お母さんにやってもらったんだ」

「え、そんなすごいやつなんだ!?」

 それにお母さんに一度やってもらっただけで人にセットできる梨花もすごいと思う。本当に器用なのだ。

「すっごくかわいいよー、これならきっと、志……あ、うん、も、褒めてくれる!」

 志賀原と言いかけてだろう、梨花はすぐに言い直した。

 恵梨も確信する。人のことに良く気が付く志賀原ならきっと「今日の髪型いいな」と言ってくれるだろう。今まで毎回そうだったから。

 「かわいいな」とまでは言わなくても「いい」とは言ってくれるだろう。

 志賀原がひとをけなしているのを今まで聞いたことがない。悪口にすら参加しているのを見たことがないのだ。

 だから、きっと。

 でもそう言ってくれるのが私にだけならいいのに。

 そう思ってちょっと恥ずかしくなった。

 

 そして恵梨の願望は朝食の時間にすでに実現した。

 真逆の方向にあった男子部屋。そこからやってきた志賀原と食堂の前ではちあわせてしまったのだ。

「おはよう」

 志賀原のほうから挨拶をしてくれたが、恵梨の「おはよう」は小さい声になってしまった。

 この髪型。褒めてくれるだろうか。

 派手すぎる、とか言われたらどうしよう。

 そんな消極的なことも頭に浮かんだけれど。それはやっぱり杞憂だった。

「今日の髪型、すごくかわいいじゃん」

 目をちょっと丸くしたけれど、すぐに、ふっと目元がゆるむ。その言葉と志賀原の表情は恵梨の胸を歓喜させた。

「あ、ありがとう……梨花がやってくれたんだ」

「そうなのか。篤巳にすごく似合ってる」

「え、……」

 恵梨は「梨花がやってくれた」しか言わなかったのに、そのあと「篤巳に似合ってる」とまで言ってくれた。

 つまり『髪型が』だけではなく『恵梨がその髪型をしていることを』褒めてくれたのだ。

 それを理解して一瞬、言葉が詰まった。けれどすぐに言う。

「……ありがとう」

 また小声になってしまったけれど。

「良かったら、朝ご飯一緒に食わないか?」

「え、いいの?」

 おまけにそんな誘いまでされたので恵梨はまた驚くことになる。

「えっと、梨花に聞いてく……」

 当たり前のように梨花と、そして美里と佳奈と食べるつもりでいたので言いかけたのだけど、そこにうしろから声をかけられた。

「行ってきなよ!」

 梨花だった。もともと恵梨が一人で食堂に向かったのだって、梨花が「ハンカチ忘れた! すぐ取ってくるから、先行ってて!」と部屋にリターンしたので、ちょっとの間だけのつもりだったのだ。

「せっかく誘われてるんだからさ」

 梨花はにこにことしていたが、ちらっと恵梨を見てくれた。うまくいったのがわかったのだろう。

「じゃ、じゃあ……行ってくるね」

 朝からなんて幸せだろう。

 梨花に心の中でお礼を言って、恵梨は志賀原と食堂に向かった。

 食堂では給食のようにトレイを持ってカウンターからご飯を受け取って、席について食べるスタイルだ。みんな続々と集まってきて席について、ご飯をもらっていく。

 全員ご飯をもらったら先生の話が少しだけあって、朝食のスタートになる。

 恵梨と志賀原はかなり早くに食堂に入ったので好きな席に着くことができた。

 「ここにしよう」と志賀原が言った場所に座ったのだけど。

 少ししてトレイを持った麗華が近くを通った。志賀原がいると見て、隣かどこかに座ろうかとやってきたのだろう。

 けれど志賀原は壁際の席、それも部屋の一番はしっこだったので前に壁のある席に座ってしまっている。ここならば横にも前にも誰も座れない。

 志賀原はまさかこれを阻止するために、この席を選んだ、のだろうか?

 志賀原の意図になんとなくでも気付いたのは、恵梨だけではなく麗華もだっただろう。

 ちょっとだけ近くに立ち止まって、でも、すぐにふいっとよそへ行ってしまった。

 少ししてから先生の話がはじまった。それを聞きながらも恵梨はさきほどの麗華を怖く思った。

 明らかに昨夜、志賀原への想いをクラス中にアピールしたというのに、隣には恵梨が座っているのだ。おまけに近くに座ることもできない位置を選んでいる。

 気分を害したのは当たり前だろう。

 しかし志賀原の選んだ席と態度は示していた。

 多分、麗華のことは特別に好きでないのだ。

 志賀原の態度もある意味はっきりしているといえた。

 麗華に今頃どう思われているかは怖かったが、志賀原の隣で朝食を食べられることは純粋に嬉しかった。

 なので考えない考えない、と自分に言い聞かせて、そこで先生の話も終わって「いただきます」になったので恵梨は箸を取った。

「こういうの、まさに林間学校って感じだよな」

 鮭の塩焼きに箸を入れながら志賀原が言った。

 今朝のメニューは鮭の塩焼きに味噌汁、白いご飯、納豆、そしてお漬物。定番の和食だ。

「うん、給食みたいだけどちょっと違うね」

 給食でも鮭が出たりと似たようなメニューになることはある。でもそれとは明らかに違っていた。『旅先でのご飯』だ。

「オレ、ゴールデンウィークに親と旅行に行ったんだけどさ、旅館でこういう朝ご飯が出てきたんだよ」

 もっと豪華だったけどな、と付け加えられたので、恵梨はつい笑ってしまった。

 そのあとは志賀原がそのゴールデンウィークの旅行の話をしてくれた。

 志賀原が自分のプライベートなことの話を進んでしてくれる。それはなんだか特別感を感じて、嬉しくなってしまう出来事だった。

 そして「篤巳はどこか旅行に行ったこととかあるのか?」とも聞いてくれた。

 決して自分の話ばかりにならないのだ。とても優しい。

 促してもらったので恵梨も、「去年の冬休みに温泉に行ったんだよ」などと話した。

「昨日の火の巫女、すごかったな」

 恵梨の話がひと段落したとき、志賀原がふと言って恵梨はどきっとした。

 そうだ、ここまで志賀原とその話をしていなかった。火の巫女の件。

 昨日の麗華の件ですっかり吹っ飛んでしまっていた。

「本当の巫女さんかと思ったよ。たいまつを持つところがかっこよくてさ。おまけに赤い袴が似合ってるしさ」

 志賀原はいろんなところを褒めてくれた。恵梨が恥ずかしくなってしまうくらいに。

「あ、ありがとう……」

 お礼を言ったけれど、恵梨はそのあと思い切って付け加えた。

「でも、頑張って良かった」

 自分が成長できただけではなく、志賀原にも褒めてもらえたのだ。

 本当に頑張って良かったと思えたのだから。

 会話は弾んで、朝ご飯の時間はすぐに終わってしまった。

 「楽しかった。一緒に食べてくれてありがとな」と、食べ終わったとき志賀原は言った。

 そこまで散々会話をして、するりと話せるようになったので当たり前のように答える。

「私こそだよ! おいしかったね」

「ああ。……じゃあ、またな」

 そのように楽しい気持ちで志賀原と別れたのだけど。

「恵梨ちゃん、ちょっといい?」

 食堂の出口で捕まってしまった。

 待ち構えていたのだろう。もちろん麗華にである。

 わかっていた。

 いつかはこうして捕まえられるだろうと。

 そして向き合わなければいけないのだろうと。

 なにを言われるかはわからない。

 いきなりぶたれるかもしれない。恐ろしい。

 梨花のことが頭によぎった。

 もし連れていかれた先で麗華のグループの子が待っていたらものすごく不利になってしまう。けれど梨花を呼ぶこともできなくて。

 麗華にさっさと「来て」と腕を引っ張られてしまった。

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