夜は秘密の女子トーク

 三組の女子部屋。お風呂の番までまだ時間がある。

 今夜はこの畳敷きの広い部屋に、みんなで布団を敷いて寝る。

 柚木先生がやってきて「お風呂の前に、布団を敷いてしまいましょう」と言ったので、みんな手伝い合いながら布団を敷いていった。

 けれど部屋にはなんだか微妙な空気が漂っていた。

 もちろん麗華が志賀原に抱き着くなどという、大胆極まりない行為をしたからだ。

 麗華本人はすました顔をして、もくもくと布団を敷いている。なにも気にしたことがない、という様子で。

 そして本人がいる以上、ほかの女子同士でなにか言い合うこともできなかった。ただ、微妙な空気となるしかない。

 そして一番やきもきしてしまったのは、きっとこの部屋の中では恵梨だっただろう。

 見てしまったこと、思ってしまったこと。

 はっきりと復活してしまっていた。

 おまけに梨花はまだ戻ってきていない。なにか言い合いながらというわけにもいかないのだ。

「梨花、どこ行ったの?」

「もー、自分だけサボってぇ」

 麗華のことは見ただろうが、恵梨の事情は知らない美里と佳奈は、そんな話をしていた。

 そう、梨花はどこへ行ってしまったというのか。

 そんなに大変な用事だったのかなぁ、と恵梨は混乱しつつも頭の冷静な部分でそう考えた。

 その梨花は、布団敷きが終わる頃に、やっと戻ってきた。でもなんだか変な顔をしていた。

「梨花? なにかあったの?」

 聞いた恵梨にはシンプルな否定な言葉が返ってくる。

「なんでもない」

 そして、すっと恵梨の耳元に近付いて言った。

 「あとで話す」と。

 多分ほかの子たちに聞かれないように。

 なにかあったのだ。悪いことでないといいけれど。

 恵梨の胸は、違う意味でもざわざわとしてしまった。この林間学校では気持ちが揺れてしまってたまらない。

 梨花が戻ってきてからすぐ「三組の番だよー」と二組の子が呼びに来た。

 なので三組のみんなでお風呂タイムとなる。

 大きなお風呂に入るのは楽しみだったけれど、でもそれ以上に恥ずかしかった。

 同じクラスの女子同士、体育の着替えで半裸は見合っているけれど、全裸を見せ合うのは初めてなので。

 恵梨だけでなくクラスの大半の子たちが恥ずかしいと思っていたのだろう。

 でも明るい子たちがそれを打破するように騒ぎ出した。それはさきほどの微妙な空気を払拭したいという気持ちもあっただろう。

「美咲(みさき)、肌しろーい」

「えー、由宇(ゆう)のほうがスタイルいいよぉ」

 そんな、きゃあきゃあとした空気がお風呂の中に溢れて恵梨はちょっとほっとした。しんとしているよりずっと気が休まる。

 でも普段その中で率先して騒ぐであろう梨花は静かだった。むしろぶくぶくと、目の下までお湯にもぐってしまっている。

 「あとで話す」と言われてしまっている以上、今なにか聞くわけにもいかなくて、でもほかの話題も振れなくて、恵梨はそういう意味でも困ってしまった。

 なので美里や佳奈が話すのにあいづちを打つだけになってしまう。

 そしてその種明かしがやっとされたのは、お風呂が終わったあとの、消灯までの短い自由時間だった。



「谷崎くんに、告白された」

 恵梨を施設の廊下のすみまで引っ張っていって、梨花はそれだけ言った。

 恵梨は驚がくした。谷崎の『用があるんだけど』がそんなこととは思いもしなかった。

「……マジで?」

 つい梨花がいつも言うような言葉遣いになってしまったが、そんなことを気にしている場合ではない。

「マジ」

 梨花もつっこむことなく、シンプルに答えた。下を向いてしまっている。

「……それで」

 梨花がどう答えたなんてわかってはいたけれど、ここで聞くべきことは、これしかない。

 よって言いかけた恵梨だったけれど、先に梨花から言った。

「ん……、断ったよ」

「そうだよね……」

 沈黙が落ちる。

 梨花には好きな相手……六年の国木……がいるのだから、当たり前だ。

 でも、面と向かって告白なんてされてしまっては、落ち着いていられるはずがないだろう。

「なんかさ、」

 梨花が口を開いた。

「振られるのはつらいだろうなって思ってたんだけど、わかった。断るほうも、つらいんだって」

「……そっか」

 恵梨はそう答えるしかなかった。

 それは実際に先程体験した梨花だからわかったことなのだろう。

 告白をしたことも、されたこともない恵梨にはわからない。想像はできるけれど、実感としてはまったくわからない。

「なんかすごい悪いことした気がする。いや、悪くはないんだけど……なんていうかさ」

「それは、わかる、と思う……」

 悪くはないけれど、悪いと思ってしまう。その気持ちだけはわかった。

 ちょっとだけまた沈黙が落ちたけれど、梨花は顔をあげた。ちょっと笑う。

「でも谷崎くんって、いいひとだったよ。私、断ったのに『そっか。でも昼間言ったように、ペアは組んでくれよな』って言ってくれたから」

「そうなんだ。優しいね」

「うん。……」

 恵梨のあいづちに、梨花はちょっと黙って。そして言った。

「……国木くんが好きじゃなかったら、考えてみる、とか言ったかもしれない」

「……そっか」

 恵梨は肯定するしかなかった。

 谷崎がいいひとなのは、今日のウォークラリーを一緒にしたことでよくわかった。

 恵梨だって、好きなひとがいなかったら『考えてみる』くらいは言うと思った。

 でも恵梨のそれはただの仮定だったが、梨花にとっては実際に身に起こってしまったことなのだ。到底、そんな仮定は口に出せなかった。

「ん、でも私は国木くんに告白するって決めたから。ひとすじだから!」

「うん」

 それで話はおしまいになった。

 梨花らしい結論だった。

 やっぱり梨花は明るくて、そして前向きだ。

「聞いてくれてありがと」

「私こそ、話してくれてありがとうだよ」

 言い合って、梨花はにこっと笑う。

「じゃ、部屋、戻ろっか」

 連れ立って三組の女子部屋へ向かいながら、梨花は言った。

「布団、隣だよね。夜、作戦会議しよ」

 梨花に言われてやっと思い出した。自分のほうも、目下、大変な事態になっているのであった。

 隣同士の布団なら、ひそひそ話も難しくないだろう。

 どうしたらいいのか。

 でも自分一人でもんもんとしているよりも、梨花に聞いてもらったほうがいいし、それにいいアドバイスもくれるかもしれない。

 そう思うと梨花の『作戦会議』という言葉には、おおいに安心してしまった。



 消灯時間が過ぎてもしばらくは賑やかだった。三十分ほどして見にきた柚木先生が「静かに寝なさい!」と怒ったのでみんな一気に静かになった。

 「明日、寝不足で動けなくなるわよ!」とお母さんのようなことを言われたけれど、だからといってすぐに眠るなんてことはできるはずがない。

 いったん静かになったものの今度は布団の近く同士や隣同士でひそひそ話がはじまる。大きな声を出すとまた柚木先生がきてしまうので聞こえないように、静かに。

 それに同じ部屋の女子に聞かれるのも気まずい、という会話をしている子たちも多かっただろう。

 つまり恋バナ。恵梨も隣の梨花のそばまで寄ってひそひそと会話をした。

(麗華ちゃんさぁ、この林間学校で告白するつもりだったらどうしよう)

 周りにいるのが同じクラスの女子である以上、絶対に聞かれるわけにはいかなかった。なので声を潜めて、おまけに耳元で話す。

(そうなる……んじゃない、かなぁ。だって、谷崎くんも)

(……そうだよねぇ)

 実際に言われている梨花に言われてしまうと、もう、そうとしか思えなかった。

(どうしよう)

 言ったけれど、梨花がどう答えるかはわかっていた。

(恵梨が先に言うのが一番じゃない?)

 そのとおりだった。

 こういうのは早い者勝ち……とは言い切れないが、そういう面もある。

 もちろん志賀原の気持ちが決まっているなら順番は関係なくなるけれど。それでもライバルに先に告白されてしまうというのは嫌だ。

(わかってるけど……無理だよ……)

(まぁ、私も「今すぐ国木くんに告白しろ」って言われたら、無理! ってなるもん。わかるけどさ……)

 結論は出ない。

 気にかかりはするけれど時間も遅くなっていたのでだんだん眠くなってきていた。梨花の声も途切れがちになる。

 朝早くから学校に集合してバスに乗って、着いたらウォークラリーでたくさん歩いて。そのあとカレーにキャンプファイヤーに……盛りだくさんすぎた。

 そしてその間ずっとわいわい盛り上がっていた。疲れて当たり前だ。

(ん……また明日、考えよ……)

 眠いと頭もはたらかない。梨花は言い、「おやすみ」も言わないうちに寝入ってしまった。すやすやと寝息になる。

(おやすみ)

 恵梨だけは小さな声で梨花に言って、そして梨花のほうから天井のほうへと体の向きを変えた。仰向けに寝る。

 知らない布団は、でも洗ったばかりの香りがした。ぱりっとしていて慣れないけれど心地悪くはない。

 それでも外で寝る機会はまだあまりないので、恵梨は眠くてもすぐに寝付ける気はしなかった。

 志賀原に抱き着いていた、麗華。今、同じ部屋で寝ている。

 場所は遠いところだったけれど。

 麗華は麗華でグループの子たちといるだろう。そこでなにが話されているのか。きっと「告白するんだ」「いっちゃえ」なんて会話だろう、くらいは予想できる。

 どうしよう、先に告白されるのは嫌だ、でも。

 思考はループするばかり。考えすぎて、頭の中がぼんやりしてきた。

 緊張はあるけれど、どうしても体と頭の中が眠たい。視界はだんだんぼんやりしていって、そして恵梨もいつの間にか眠りに落ちていた。

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