火の巫女と、フォークダンス
カレーを食べた後片付けのあとは、いよいよキャンプファイヤー。
火の巫女をする恵梨は後片付けを免除してもらって着替えに向かった。「頑張ってね!」と梨花やほかの子にも言われて。
みんなの前に出るけど、堂々としていよう。恵梨は改めて決意する。
火の巫女決めの件でちょっといさかいを起こしてしまったとき、梨花に言った『梨花みたいに積極的で明るくなりたい』。あの言葉を本当にするのだ。
「篤巳さん、いらっしゃい」
準備をしてくれるのは柚木先生らしい。着替えをする一室に入ると、ほかのクラスの女子はもう集まっていた。
「じゃ、これ、それぞれ着てみて」
巫女の衣装は白い着物に赤い袴。ただしかなり簡易的な作りだった。本物の着物の作りではないのだろう。
羽織って、紐で留めるだけ。事前に聞いていたけれど、そのとおりだ。
あまりに簡単なのでサイズを選ぶ必要すらなかった。みんな同じもので着られてしまうのだ。
「上は服の上から着ればいいわ」と柚木先生に言われたので、ほっとした。
ただし下、ハーフパンツは脱がなくてはいけない。もこもこしてしまうので。
ちょっと恥ずかしいなぁと思ったけれど袴自体がゆったりとしたズボンのような作りだったので、抵抗感はそれほど強くなかった。
Tシャツの上から白い着物を羽織った。ちょっと悩んだけれど左を前にして着る。
お母さんに教えてもらっていた。「和服は左側が上にくるようにして着るのよ」と。
そういえば毎年夏には浴衣を着せてもらっているけれど確かにそう着せていてもらったと思う。
理由を聞いてちょっと怖くなったけれど。「右側が上にくる着方は亡くなった方に着せるときだからね」という理由。
大事な場だ。間違えていては大変。
「あら、篤巳さんは着方を知っているのね」
ほかの女子の着付けを手伝いながら、柚木先生が言ってくれた。
「はい、お母さんに聞いてきました」
言った言葉には笑顔が返ってくる。
「そうなの。すでに積極的になってきたわね」
恥ずかしかったけれどそう言ってもらえると嬉しい。
上の着物を着て簡単に紐をちょうちょ結びにして留めて。袴もズボンを穿くように穿いて、紐もやっぱりちょうちょ結びで良かったので簡単に着られた。
全員の準備ができて、柚木先生が流れを説明してくれた。
「まず、待機場所でたいまつをもらいます」
ほかの生徒たちは点火する前のキャンプファイヤーの前で座って待っている。
そこへ、たいまつをかかげて並んでゆっくり歩いてキャンプファイヤーのところまで行く。
キャンプファイヤーのまわりを、ぐるりと一周する。
そして巫女たちで集まって、たいまつをひとつに合わせるようにかかげる。
そのあとキャンプファイヤーの中にある紙に、たいまつを向けて火をつける。
火がついたら、たいまつを元通りに持って、みんなに向かって一礼する。
そしてまた並んでゆっくり歩いて待機場所まで戻ってくる。
説明された流れはこのようなものだった。
流れは間違えないだろうが一番心配なのは。先生に「火だから気を付けてね」と何度も念を押されたこと。
本当に気を付けないと、と恵梨は思った。
間違えれば火事になってしまうかもしれないし、やけどをしてしまうかもしれない。ごくりとすでに、つばを飲み込んでしまった。
でも時間はあまりない。「おーい、準備できたぞー」と竹島先生が呼びに来た。
「こちらも準備は大丈夫です」と柚木先生が答える。
「おっ、かわいらしい巫女さんたちだなー」
竹島先生は満面の笑みで褒めてくれた。ほかのクラスの女子たちも「ありがとう!」などと嬉しそうにする。
竹島先生だけじゃなく、クラスやほかの子たちもかわいいと思ってくれるかな。
恵梨は思って、そしてやっぱり思い浮かべてしまったのは志賀原だった。
志賀原も恵梨が火の巫女の役をすることは知っているのだ。この格好をかわいいとか、似合うとか思ってくれるだろうか。
昼間着ていたTシャツだって褒めてくれたのだ。この格好も褒めてもらえるような気がした。
そうだったらいいな、という願望かもしれないけれど。
ちょっと恥ずかしくはなったけれど恵梨自身もだいぶ慣れてきていた。
「志賀原くんのことを好き」と思うことについて。
梨花以外の子には、同じグループの美里や佳奈にもまだ話していないけれど梨花にはもう言える。
「志賀原くんが好き」と。
やっぱりちょっと前向きになれたのかもしれない。
そのことは恵梨に勇気をくれた。
大丈夫、きっと堂々とできる。
「よし、じゃ、こっちだ」
「竹島先生、よろしくお願いしますね」
先導してくれるのは竹島先生。柚木先生が送り出してくれた。
待機場所まで行って、たいまつをもらう。思ったより軽かった。
軽い木を使っているし、火の粉なども簡単に落ちないように作ってある、と聞いたので、ほっとした。
でもやっぱり、たいまつはしっかり火。よく燃えていた。
火の巫女は『火をつかさどる、聖なる少女』という役割がある。単純にそれがカッコいいと思ったし、それをできることを誇らしく思う。
「さ、行こう」
着替えのさなかにちょっとだけ話したのでほかのクラスの女子とも普通に話せるようになっていた。
「頑張ろうね」と言い合って一組の子から順番に一列に並んで歩きはじめた。
歩いていって、生徒のみんなが見えたときはさすがにどきどきしてしまう。
全員に見られるのだ。今からやることを。火の巫女としての仕事を。
大丈夫。
自分に言い聞かせて恵梨は、ぐっとたいまつを握った。
ゆっくりキャンプファイヤーの周りを歩く。キャンプファイヤーはずいぶん大きかった。やぐらのように組んである。
でも火をつけるところは開いていてそこへたいまつをかざすだけで火がつくと教えられた。
一周したあとはほかの火の巫女と輪になって、たいまつをひとつにかかげた。
視線を上に向けて見たたいまつは、とてもきれいだった。ぱちぱちとよく燃えていて、赤々としている。
ああ、火ってこんなにきれいなものだったんだ。
恵梨は初めてそう感じた。
そして知る。
『火をつかさどる巫女』というのが、どんなに重要な存在であるかを。
これはイベントのただの『仮の姿』かもしれないけれど、本当の『火の巫女』というのは、どんなに尊いものなのかを理解した。そしてその真似でもできることがすごく誇らしくなってしまった。
それが終わったあとにはそれぞれ持ち場に行って、キャンプファイヤーにたいまつをかざした。
火はやがて燃え移る。紙が入っているのですぐにそれに移って、そしてその火が下にある、まきや炭に移るのだと聞いた。
つまり上にたくさん入っている紙が燃えれば成功である。
紙はしっかり燃えてくれたので、ほっとして恵梨はたいまつを引いた。
最後に巫女同士、一列に並んで礼をした。
やっとクラスメイトや生徒に向き合って、探してしまったのは梨花と志賀原。二人とも見てくれているはず。どこにいるかはわからなかったけれど。
探している暇もなかった。一礼して、そして来たときと同じように一組の子を先頭にして戻っていく。
うしろから、わぁ、と歓声が聞こえた。一気に明るくなったので、キャンプファイヤーにしっかりと火が回ったことがわかる。
うまくいった。
待機場所まで戻ってきたときは、さすがに力が抜けて、はぁ、と大きなため息をついてしまった。
たいまつは軽かったけれど、しっかり力を込めて握っていたので、ちょっと手も疲れている。
でも、ちゃんとできた。
やる仕事をこなせただけではない。
堂々とできた、と思う。
「みんな、とってもきれいだったわ」
迎えてくれたのは柚木先生。
「さ、着替えましょう。それでみんなと合流しないと」
促されて、着替えをした部屋へ戻る。
着替えはやはり楽だった。上は着物を脱ぐだけだし、下もズボンを穿き替えるのと同じようなものだ。
「篤巳さん」
着替えが終わってから、柚木先生が恵梨を呼んだ。その目はとても優しい。
「とても堂々としていたわ。あなたに頼んで良かった」
「……ありがとうございます。私も、やってみて良かったです」
言われた言葉に恵梨は泣きたくなった。
本当にやって良かった。
このことがきっかけで、強くなれたらいい。
積極的になれたらいい。
明るくなれたらいい。
そう思って。
そのあとはキャンプファイヤーの周りでダンスをした。キャンプファイヤーを取り囲むように、踊りながら歩く。
体育の時間に練習していたので、振り付けに困ることはなかった。
振り付けは盆踊りと少し似ていた。火の回りを踊って回るというのはとても心がわくわくすることで。恵梨はまわりの子たちと声をあげて笑っていた。
キャンプファイヤーのまわりを何周したかもわからない。
やがて音楽はだんだん小さくなっていって、終わった。火はまだ燃えていたけれどダンスはそれでおしまい。
ダンスが終わって、クラスごとに集まるように言われてそこでやっと、梨花と顔を合わせた。
巫女の役の女子は遅れての参加だったので、いきなりダンスに混ざることになっていたのだ。
「恵梨! すっごい良かったよ!」
梨花も興奮したように、身を乗り出して言ってくれる。
「カッコよかった! 本当の巫女さんみたいだったよ」
「ありがとう!」
勢いよく褒められて、とても嬉しくなった。
でも本当は梨花もこの役をやりたかったのだ。だから恵梨は言った。
「……私にやらせてくれて、ありがとう」
そんな恵梨に梨花はずばっと言った。あのとき、ふいっと恵梨を避けていったのが嘘のように。
「なに言ってんの! 私、思ったんだよ。ああ、やっぱり恵梨がやるべきだったんだって」
「……ありがとう」
もうそれしか言えなかった。そこまで言ってくれる梨花はとても優しいし、そしてそう言ってもらえるだけの役目を果たせたのだ。
嬉しくてたまらなかった。胸が熱い。
「はーい、では話をはじめます」
ぱんぱん、と手を叩いたのは校長先生。みんな並んで地面に座って、そして校長先生の話を聞いた。
校長先生の話は物語に似ていた。
キャンプファイヤーは、実はどこではじまったのかがはっきりしない。
けれど、もともとは祈りの儀式だった。
そのような話を聞いているみんなは、なぜか、しんとしてしまった。
さっきまで、きゃあきゃあ笑い合ってダンスをしたのが遠いところの出来事だったように感じられた。
神妙な、という空気だったのだと思う。でも校長先生の話は楽しかった。
「今回は楽しむためのキャンプファイヤーでしたが、火というものの大切さや尊さ、昔のひとたちがそれに込めた気持ちを感じられたら、とても良いですね」
そんな言葉で話は終わる。
最後にもう一度ダンスがあった。今度はフォークダンスだ。
なんと男子と女子とでペアを組んで踊る。
とはいえ、ずっと同じペアではない。男子同士、女子同士で輪を作って、それぞれ一回踊ったら一歩前に進んで、次の相手に交代して、じゅんじゅんにキャンプファイヤーのまわりを回っていくように……という具合だ。
でもクラスの全員の男子と一回は踊ることになるだろう。
つまり志賀原とも一度は踊れるのだ。
こっちのダンスもやはり事前に練習をしたのだけど、実はこの練習は『男子だけ』『女子だけ』でおこなった。
「合わせるのは本番のお楽しみだな!」と体育の竹島先生が言ったので。
つまり組んで踊るのは初めて。恵梨はどきどきしてきてしまう。
振り付けには、なんと手を組んで回ったり、手を合わせたりするものがある。
そういうものを志賀原ともするのだ。緊張してしまってたまらない。
でも恵梨の緊張にかまわず、曲は流れ出した。
向き合った相手と一礼して、手を合わせ、ステップを踏んで、そして腕を組んで……。
短い振り付けで、どんどん一歩前へ、一歩前へと進んでいく。
クラスメイトの男子とそういうことをしているのにもすでに緊張した。男子と手を触れ合わせたりする機会は、高学年になってからはほぼなかったし、腕を組むなんてことは初めてだった。
そして、ついに志賀原が目の前にきた。
「篤巳、よろしく」
「よ、よろしく!」
今までの男子には挨拶なんてしなかったのに、志賀原が「よろしく」なんて、おまけににこっと笑って言ってくれたので恵梨も思わず言い返してしまった。
音楽に乗って手を合わせて、そこですでに恵梨の心臓は破裂しそうだった。
志賀原の手に触れている。ちょっと汗ばんでいる気がした。
ダンスをしたからだろうか。
それとも単に、火の近くで暑いからだろうか。
自分の手も汗ばんでいたらどうしよう。
気持ち悪いとか思われないかな。
思わず不安になった。
どきどきしながらも志賀原とステップを踏んでいく。緊張しきってしまっているのに、手足は勝手に動いた。
そして最後に腕を組んでくるりと回るところ。志賀原が腕を差し出してくれた。優しい笑みを浮かべて。
恵梨の心臓は喉から出そうになった。震える手を伸ばしてその腕にそっと触れる。
恵梨は触れるだけだったのに、志賀原がしっかりと恵梨の腕を捕まえて、そして二人でくるりと一回りした。
こんなのまるで恋人同士みたい。
頭をくらくらとさせながら最後に一礼。ほんの三十秒ほどのことだったのに、まるで夢のような時間だった。
次の男子に交代になったけれど、恵梨はもうなにをしているかがわからなかった。志賀原とのダンスが印象的すぎて。
もう、もくもくとダンスを続けていったのだけど。
不意に、きゃぁ、と女子の黄色い歓声が聞こえた。
え、なに、とそちらに目を向けて。
恵梨の心臓が、違う意味で飛び出しそうになった。
そこでは志賀原が目を丸くしていたので。
そして、その志賀原にはペアを組んでいた麗華が抱き着いていたので。
腕を組むときにそのまま抱き着いたのだ、とわかった。
それでも振り付けの一環なので、二人はくるりと回って、そのまま離れた。
「あ、篤巳?」
「あっ、ご、ごめん!」
そのとき相手だった男子の差し出した腕を無視してしまう形になっていた。
もちろんくるりと一回りすることもできなかった。それほど驚いてしまっていたようだ。慌てて謝る。
「ご、ごめんね、ちょっとびっくりして」
「あ、ああ……そうだよな。じゃ」
その子も志賀原と麗華の様子はちらりと見たようで理由はわかってくれたようだ。そしてそのまま次の相手に交代となってしまった。
今度はしっかり踊るように気を付けながらも、恵梨の心臓はどくどくと高鳴ったままだった。そして次に凍り付きそうに冷たくなる。
麗華が、志賀原に、抱き着いていた。
麗華の気持ちなんてもうわかっている。
志賀原が好きなのだ。
でも志賀原からはどうなのだろうか?
そして抱き着かれてどう思ったのだろうか?
いろんな嫌な妄想が、頭の中をぐるぐると回ってしまう。そうしているうちにダンスは終わってしまった。
挨拶をしていったん解散となる。部屋に戻ってクラスごと順番にお風呂の時間。
お風呂は一組から順番なので三組の番が来るまでには少し時間がある。
そこまでは自由時間だ。みんな、わいわいとばらけていったのだけど。
「恵梨、大丈夫?」
解散されて梨花が真っ先にやってきてくれた。心配そうな顔をしている。
「ん、ちょっと、びっくりした」
「ほんとに、ね……大胆っていうかさ」
やっと言った恵梨だったが、それは梨花も同じだったようだ。
というか、その場を見ていた全員が驚がくしただろう。
「まさかこの林間学校で告白とか」
梨花が硬い声で言ったこと。
恵梨も考えたけれど、それは考えたくなかった。
麗華が志賀原に告白する。
それも嫌だし、万が一、志賀原がそれを受けてしまったら?
付き合っていいよ、なんて言ってしまうかもしれないのだ。
そうしたら、自分は失恋ということになってしまう。
恵梨は混乱してしまって、どうしたらいいかわからなかった。
「ね、恵梨」
そんな恵梨に、梨花がなにか言いかけたのだけど。
「高村、ちょっと用があるんだけど付き合ってくんない?」
そのとき梨花に声がかかった。梨花と二人でそちらを向くと、そこにいたのは谷崎だった。
昼間、ウォークラリーを一緒にしたのでそれでなにかあるのかもしれない。梨花もそう思ったのだろう。
「いいよ」と軽く返事をして、そして谷崎とどこかへ行ってしまった。
「恵梨、あとでね」
「うん」と梨花を見送って。
恵梨は、はぁ、とためいきをついてしまった。
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