カレー作りで女子力アップ

 ウォークラリーのすべてのグループがゴールしたときにはすでに夕方になっていた。

 一休みしたら次はカレー作りだ。カレーは一人でも作れるので、恵梨はなにも心配していなかった。おまけに同じグループの美里と佳奈も「作ったことあるよ」と言っていたので。

 「お手伝いで、ちょっとしかやったことない」と言ったのは梨花だけだった。

 「お手伝いしなさいって言われないの?」と恵梨が聞いたところ「いつもお姉ちゃんがやりなさいって言われてるから」と言ってきた。なるほど、お姉さんがいるのでそちらにお鉢が回ってくるということらしい。

 それはラクそうだけど、お料理を覚えたりとかそういう点ではあまりよくないのかな、などと恵梨は思った。真面目なのだ。

「じゃあ今回覚えようよ」

 その提案には、梨花は素直に頷いた。

「そうだね! カレーが作れるようになったら……うふふ……」

 手でくちもとをおおって、うふふ、なんて笑う梨花がなにを考えているか、恵梨はすぐわかったのでおかしくなってしまう。

 六年の国木に作ってあげたい、と思ったのだろう。

 好きな人に手料理を振舞う。女の子の憧れだ。

 そこで恵梨は自分のことを思い返した。志賀原くんにカレーを食べてもらうとか……。しかしすぐに「無理だろう」と思ってしまう。

 だって、カップケーキは『誰かにあげるぶん』として作ってもいい、と言われたけれど、カレーは誰かにあげるために作るものではないだろう。

 それに志賀原だって、自分のグループで作ったものを食べるだろうし。

 まぁ、今回は諦めよう。またいつか機会はあるかもしれないし。

 などと思って、恵梨ははっとしてなんだか恥ずかしくなった。

 つまり、梨花とまったく同じことを考えてしまったということだ。

 そんなやりとりでカレー作りははじまった。

 カレーの作り方は難しくない。

 食材を切って、炒めて、水を入れて煮る。

 最後にカレールウを入れる。

 それだけだ。

 ネックになるのは『食材を切る』だろうなぁと恵梨は思っていた。

 梨花ははたして、野菜をちゃんと切れるだろうか?

 用意された肉はコマ切れだったので、パックからそのまま入れるだけで良さそうだ。

けれど野菜は丸ごと。それなりの大きさに切り分けないといけない。

「梨花、気を付けてね」

「うん!」

 恵梨が梨花に渡したのはにんじんだった。一番切るのが危なくないと思ったのだ。

 じゃがいもはでこぼこしているし、芽が出ていたらとらなければいけないし。

 そして玉ねぎは涙が出るので、視界が悪くなって危ない。

 なので、にんじん。

 まずピーラーで皮をむく。梨花はおそるおそる、といった様子でそっとピーラーでにんじんを撫でていく。

 包丁を使って剥くよりずっと楽だとはいえ刃物だ。手元が狂えば怪我をしてしまう。

 梨花はびくびくしている様子だった。頑張って、と心の中でも言う。

 一番多く入れるのはじゃがいもなので「私たちは、こっちを剥いてるね」と美里と佳奈は言ってくれた。「お願い」と言って、恵梨は玉ねぎを前にする。

 本当は玉ねぎは切りたくない。涙が出て、目が痛くなるから。

 でもこの中で一番料理に慣れているのは自分だし、特に慣れていない梨花にやらせて怪我をさせるのは嫌だった。

 ちょっと憂うつだけど、と思ったものの、恵梨はさっさと玉ねぎの皮を剥いてしまって、まな板に玉ねぎを乗せた。慎重に、とんとん、と切り分けていく。

 すぐに目が、じわっとしてきた。目が痛い。

 玉ねぎを切るとこうなるのはもう、仕方がない。涙がこぼれてきて、ぐいっと拭った。

 早く切ってしまおう、と思ったのだけど、そこで梨花に呼ばれた。

「ねぇ恵梨、にんじんってこのくらいの大きさでいいの?」

 質問だったが、振り向いた恵梨を見て梨花は目を丸くする。

「どうしたの!? 手ぇ切ったの?」

 え、どうして?

 と思ったものの、すぐにわかった。自分が泣いているからだ。

「違うよ、玉ねぎが目に染みるの」

 普段料理をしない梨花にはわからなかったのだろう。

 でもすぐに思い当たった、という顔をする。『そういうものだ』ということくらいは知っているだろうから。

「……あー、玉ねぎ切って涙が、ってよく言うよね……ごめんね、そんなの切らせて」

 ちょっと申し訳なさそうだった。でも恵梨は首を振る。

「いいよ。涙出るから、玉ねぎは切るの危ないし」

「恵梨は優しいなぁ」

 梨花は感嘆したように言ったけれど、早く切り終わりたい。

「にんじん、もうちょっと小さめのほうがいいかも。おっきいと苦いかもしれないし」

「了解です先生!」

 恵梨のアドバイスに梨花はふざけた返事をして、でもまな板に向き合うときは真剣な目になった。

 やがて野菜の準備がすべてできた。

 次に玉ねぎと肉を炒める。これは簡単。ガスコンロがあるからだ。

 昔の林間学校では、まきで火を起こすところからやったらしいが、今は危ないからとガスコンロを使うようになったらしい。最近はそういうのがうるさいのよね、とお母さんが言っていたことがある。

 まきで『飯盒炊飯』っていうやつとか楽しそうだけどなぁ、と恵梨も思ったのだった。

 でもまぁ、簡単なのは良いこと。

 フライパンに油をしいて、玉ねぎと肉を入れた。すぐにいい香りが漂ってくる。

「おいしそう~」

 フライパンの中身をかき混ぜながら梨花が言った。自分から「やってみたい!」と言い出したのだ。積極的な梨花らしい。

「油が跳ねないように気を付けてね」

「わかってる!」

 やがて玉ねぎがあめ色になって、水を入れる段階になった。

 こぼれないように、跳ねないように、そうっと入れていく。

 水を入れすぎるとびちゃびちゃのカレースープのようになってしまうので、ひたひたくらいになるように慎重に加減した。

 水を入れたら、あとはふたをして煮込むだけ。

 入れた食材がやわらかくなったらカレールウを入れて、またちょっとだけ煮込んで、おしまい。

 恵梨の説明に梨花は「意外と簡単なんだね!」と言った。でもそのあとに眉をしかめる。

「炒めたり煮るのは簡単だけどさー、野菜切るのって難しいんだね。手ぇ切っちゃいそうで、すっごく怖かった」

 その気持ちはよくわかる。恵梨も初めて包丁を持ったのは、そんなに前のことではない。三年生くらいだったと思う。今日の梨花くらい、おそるおそる野菜を切った。

 「そうだね」と言ってから、恵梨はアドバイスした。

「でも何回もやったら慣れるよ」

 恵梨は初めてお母さんのお手伝いをしてから何回もお手伝いや自分でご飯を作ったりということをした。

 もちろんたくさん失敗した。手を切ったこともあるしやけどをしたこともある。

 料理自体もこがしてしまったり簡単にはいかない。

 でも何回もやることで「これはしないほうがいい」とわかっていく。それは見ているだけではわからないと思う。

「うん! お母さんに頼んでみる! 料理できるようになりたい!」

「頑張ろ!」

 話しているうちに、カレーは無事に出来上がった。

「やったー! おいしそー!」

 ご飯は先生たちがまとめて炊いてくれた。大きな、大きな釜でだ。

 「釜で炊いたメシはうまいんだぞぉ!」と、竹島先生が誇らしげに言っていた。自慢げな言い方はまるで大きな男子のようで、みんなくすくすと笑う。

 でもそれは本当で、大きな釜からよそってもらったご飯はびっくりするほどおいしかった。

 釜で炊いたものだというのはもちろん、みんなで食べているからかもしれない。そしてカレーも。

「おいしーい!」

 ぱくりとひとくち食べて、嬉しそうに叫んだのはやっぱり梨花だった。自分で切ったにんじんをスプーンですくって口に運ぶ。

「でもちょっと苦い」

 そう言うので恵梨だけではなく美里と佳奈も笑っていた。確かににんじんが苦いのはどうしようもない。そういう野菜なのだから。

 でも梨花はにんじんを食べながら言った。

「なんかさ、にんじん苦いからって残しちゃうの、だめだなって思った。今度からちゃんと食べるようにするよ」

 そして続ける。

「だって、お母さんが頑張って作ってくれてたんだって、わかったから」

 梨花の言ったことを、すごくえらいことだと恵梨は思った。

 普段何気なく食べている、ご飯。

 梨花の言ったとおり、お母さんが毎回頑張って作ってくれているものなのだ。勝手に完成するものではない。

「そうだね。お母さんってすごいよねぇ。毎日ご飯作ってるんだもん」

「ほんとにねー」

 そんな話をしながら四人でカレーを食べた。

 途中、恵梨はちらっとある男子のグループを見た。

 そこでは志賀原がグループの男子と楽しそうにカレーを食べていた。やっぱり今は自分のグループで作ったカレーを持っていって、「食べて!」なんてする雰囲気ではない。

 今はこれでいいんだ。

 恵梨は思って、彼が楽しそうで良かったと思うことにして、カレーを食べるのに戻ったのだった。

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