緑のウォークラリー
ウォークラリーは森の中を歩く、とても気持ちの良いコースだった。新緑がうつくしい。その緑の間から明るい日のひかりが差し込んでくる。絶好のウォーク日和。
「きれいだなぁ」
志賀原が手をかざして上を見て言った。
「うん、すごくきれい」
恵梨も言う。もう緊張よりも嬉しさが勝っていた。
バスでの出来事はもやもやしてしまっていたので。
そういえばペアが決まったとき。恵梨は麗華のほうを見られなかった。
なんだか怖くて。
睨まれでもしていたらどうしよう、と思ってしまった。
あからさまに志賀原のことが好きだと表に出している、麗華。きっと今回も志賀原たちと組みたかったに決まっている。それでもくじの結果なのだから許してほしい。
ウォークラリーは十分ごとの間隔を置いて、グループごとで出発することになった。
恵梨たちのグループは真ん中あたりだった。ちょうどいい。
一番最初は緊張するし、最後のほうで、ゴールのとき待ち受けられているのもなんだかきまりが悪い、と思ってしまったので。
歩くうちに志賀原が言ってきた。
「今日も篤巳と高村はおそろいなんだな」
恵梨はどきっとした。
また気付いてくれた。ここまで『髪型』『ヘアアクセサリー』に気付いてくれているので今日も気付いてくれるのではないかと思ったけれど、やっぱり。
志賀原は本当に人のことを良く見ているし、しかもそれを褒めてくれる、優しいひとだ。
今日、梨花とおそろいだったのはTシャツだ。もう暑いので、半袖のTシャツ。
うさぎのイラストが描いてある、恵梨は水色、梨花はピンクのTシャツ。
事前に「これにしよう」と決めておいて、それぞれ、お母さんと一緒に買いに行った。
「おそろいができる親友ができて良かったわね」とお母さんも嬉しそうに言ってくれた。林間学校で初めて着ようとも梨花と決めていて、そのとおりに着てきた。
ちなみにいろいろと動き回るので、林間学校中の女子のスカートは禁止されていた。
なので恵梨は下にあわせるものはハーフパンツにしていた。足を出すのはやっぱりちょっと抵抗があったので。
以前の梨花のアドバイスどおり、最近ではちょっと短めのスカートを穿くようにもなっていたのだけど毎回レギンスを合わせていた。梨花はまったく気にせずに毎回、短いスカートに靴下を合わせているのだけど。
もちろんパンツが見えないようにオーバーパンツは穿いている、となんと見せてくれたこともあった。「そうすればいいのに」と言われたけれど今のところ実行できずにいるところだ。
そして今日も梨花はショートパンツできていた。すらりとした細い足を惜しげもなくさらしている。その大胆さを見習いたいのだけど……やはり今のところは、だ。
「ありがとう」
ちょっと照れながらお礼を言った恵梨に、谷崎もお揃いに気付いてくれたようだ。
「おお、ほんとだ。色が違うからわからなかった」
ほら、やっぱり普通の男子はこのくらいの感覚なのだ。
志賀原は特別だ、と恵梨は思って胸の奥がくすぐったくなってしまう。
「オレたちもするか?」
「いや、男でおそろいとかはキモいだろ」
ふざけた声で谷崎が提案してきて、志賀原がやっぱりふざけて答えて、恵梨と梨花含めて四人は笑った。
ウォークは順調だった。地図を見ながら森の中を歩いてチェックポイントでスタンプを押していく。
チェックポイントには先生が待っていてくれる。きっとスタンプの管理だけではなく生徒たちのことも見ていてくれるのだろう。
さて、二つめのチェックポイントにたどり着いた。「着いたー!」「やったな!」とくちぐちに言った、梨花と谷崎を見てか、チェックポイントにいた先生は楽しそうに言った。
「おお、このグループは賑やかだな」
言ってくれたのは隣のクラスの竹島(たけしま)先生だった。彼はまだ三十才にもなっていない若い男の先生。体育の授業はこの竹島先生が受け持ってくれている。
「だって楽しいもん!」
「高村はいつも楽しそうだがな」
「えー、落ち込むこともあるよぅ。ときどきだけど!」
竹島先生と言い合う梨花をよそに、隣では志賀原がスタンプをノートに押していた。ずれないように、ていねいに。
恵梨も「はい」と手渡されたスタンプをノートに押す。直前に彼が持っていたスタンプを手に取ることに、ちょっとだけどきどきしながら。
「高村もスタンプ押せよ」
志賀原が言い、梨花は「おっと」と慌てて、ぽんとスタンプを押した。梨花はちょっとざっくりしたところがあるので、それは半分くらいが薄くなってしまっていたけれど。
「じゃぁねー!」
スタンプも押せたので、みんなで竹島先生に手を振って次のチェックポイントを目指した。
あと一ヵ所回れば終わりなのだ。行程の半分が過ぎたことになるので、みんなちょっと楽観していたのかもしれない。
「あれ、ここ、地図から外れてない?」
まず気付いたのは恵梨だった。どう見ても、違う分かれ道の行き先が目の前にあった。
「え、本当に? ……ああ、本当だ。こっちの道に来ちゃったんじゃないか?」
恵梨の持っていた地図を覗き込んで志賀原が言う。おしゃべりに夢中になって道を間違えてしまったのだろう。
ウォークラリーがメインだというのにやってしまった、と悔やむ。
「いったん、ここまで戻ろう。多分ここの分かれ道で間違えたと思うから」
志賀原が地図を指さしてルートを示す。そんなわけで元来た道を戻ることになった。
「もー、一本道だったらよかったのにぃ」
梨花はぶーぶーと文句を言った。確かに戻るのはだいぶ面倒だ。
「それだとラリーにならないだろ」
ツッコミを入れたのは谷崎だった。続いて恵梨もフォローする。
「いいじゃない、散歩だと思えば。ほら、そこにきれいな川があるし」
近くには川が流れていた。それを示すと、梨花はすぐに機嫌を直したようで、わぁ! と川に駆け寄った。
「すごい! 魚がいるよ! メダカかな?」
「え、ほんとに?」
恵梨も近付いて川を覗き込む。小さな魚がちらちらと泳いでいるのが見えた。
水も澄んでいてとてもうつくしい。飲むことはできないだろうが、見ているだけでじゅうぶんだ。
「本当だ。これは正しい道を歩いてたら見られなかったかもしれないな」
近寄って同じように川をのぞき込んだ志賀原は言って、ちょっと感心した、という声で続ける。
「篤巳は間違えたことからも、良かったとこを見つけられてすごいな」
「え! 偶然だよ……」
褒められて、恵梨はどきっとしてしまう。
本当に偶然だった。そこに川があって、目についたから言っただけだ。
そんなことを褒めてもらえるとは思わなかった。
「さ、いいもんも見られたし、行こうぜ」
谷崎が道を指さして、やはり一行は元来た道を戻った。
「メダカってかわいいよねぇ! 三年生のときクラスで飼ってたよねー」
梨花が谷崎に話しかけた。
ああ、そういえば梨花と谷崎は三、四年で同じクラスだったのだ。だからなんとなく話したことがあるのだろう。
梨花と谷崎が昔の話をはじめてしまったので、恵梨は必然的に志賀原と話すことになる。
「篤巳はペットとか飼ったことあるの?」
「ないよ。本当は猫が好きなんだけどお世話が大変だからってダメって言われちゃって」
「まぁ確かに世話はなー……。ウチにはインコがいるんだ。姉ちゃんが世話してるけど、やっぱたまにめんどくさがってる」
そんな何気ない会話だったが幸せだった。二人で並んで歩けて、こんな普通の会話ができているなんて。
でも幸せな時間は短いもの。今度こそ正しい道に戻ることができて、そして三ヵ所目のチェックポイントのスタンプも押せた。
地図を見ると、ここからゴールまで分かれ道はひとつしかない。これなら迷わずに着けるだろう。全員きっと、ほっとしたはずだ。
ゴールへの道をのんびり歩きながら、満足した、という声で谷崎が提案してきた。
「楽しかったな! なぁ、今度男女ペアで組むときは一緒に組もうぜ」
梨花がすぐそれにうなずく。
「いいね! 男子と決まったペアがいると安心だし」
「ああ。オレもいいと思う」と志賀原も言った。
今回のウォーク、楽しく思ってくれたんだ。
恵梨はそう感じて嬉しくなった。自分もとても楽しかったけれど、志賀原もそう感じてくれたのならばとても嬉しい。
そんな約束を交わして無事にゴールインした。
「お前ら、道に迷ったのかよー」
ゴールしたあと待ち受けていたのは、恵梨たちのグループの次に出発したグループだった。ルートを間違っていた間に抜かれてしまったらしい。
「ちょっとうっかりしててさー」
谷崎が頭をかきながら言ってそちらへ向かい、志賀原も「じゃぁな」と行ってしまった。
「楽しかったねぇ!」
梨花が心底満足した、という声で言って、恵梨も「ほんと、良かった」と言った。そしてそのあとに付け加える。
「梨花のおかげだよ。本当にありがとう」
梨花がくじで志賀原と谷崎のペアを引き当ててくれたから、こんなに楽しいウォークラリーになったのだ。
梨花はやはり、「へへん!」と誇らしげに胸を張ったのだった。
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