プロジェクト、始動!
放課後、図書室。
大きなテーブルにつきながら恵梨はちょっとそわそわしていた。
目の前には普通の小説の本が置いてあるけれどぱらぱら開いて終わってしまった。それどころではなかったので。
志賀原と待ち合わせなのだ。ここ、図書室で。
今日の朝、登校直後。わざわざ恵梨の机まで志賀原がきた。
少し前に志賀原のことを好きになってしまったと自覚していた恵梨はすでに彼を見るだけで心臓が高鳴るようになってしまっている。そのときも同じだった。
言われた言葉は「ちょっと相談したいことがあるんだけど」であった。
「なに?」
シンプルに聞いた恵梨にちょっと周りを見回した。
そのことで恵梨は理解する。
ほかのひとに知られるのはちょっと困る……つまり、彼の秘密『お菓子作り』についてなのだろうと。そして多分それは当たっていた。
「ここじゃアレだから、どっかで……」
志賀原はそう言ったのだから。
続く言葉は「放課後、空いてる?」だった。
どきんと恵梨の胸が高鳴る。まるで漫画かなにかで見た、デートのお誘いのように聞こえてしまって。
いやいやいや。そういうんじゃないから。
恵梨は赤くなりそうな顔を必死におしとどめた。できているかはわからなかったけれど。
「う、うん……時間は大丈夫」
そう答えた恵梨に志賀原は、ほっとしたような顔になった。
「じゃあさ、図書室はどう? 本、前に見たところ」
提案されても胸の高鳴りはさらに速くなるばかりだった。恵梨はただ頷く。
「いいよ」と。
それしか言えなかった。
志賀原は約束が決定してやっぱりほっとしたような顔をして「良かった。じゃ、よろしく」と言って、すぐに去っていった。自分の席についてランドセルをいじりはじめる。教科書などを出して机に入れはじめた。
それを見ながら恵梨は朝から夢を見たのではないかと思った。
もしくは寝坊をしていい夢を見ているのではないかと。
しかし夢ではなかった。続々とクラスメイトが登校してきて一時間目がはじまっても目は覚めなかったのだから。
これは現実。しっかりと理解してしまったがために、とても授業には集中できなかった。
おまけに多分、志賀原は早めに登校して恵梨が登校するのを待っていたのだろう。ほかのクラスメイトにあまり見られない時間に話しかけるために。
一時間目の授業中それに思い当たってしまって、恵梨はまた顔が赤くなりそうになったのだ。そんな約束ができたために、今日は雨降りだったのにテンションはマックスだ。その気持ちを外には出さないように気を付けたけれど。
でも梨花には話した。昼休み、校舎裏へと引っ張っていって。
渡り廊下のすみっこだ。しとしとと雨粒が落ちてくる。でもそれゆえに人のあまりこないところなのだ。
「へぇー、デートかぁ」
やっぱり梨花にはにやにやと笑われた。その表現にはまた心臓が飛び出しそうになってしまう。
デートなんて。そんなすごいものじゃない。
「いや、違うし! ただ『相談がある』って」
言ったけれど、梨花の表情は変わらない。
「でも二人きりなんでしょ」
「そ、そう、みたい……だけど」
「じゃあデートだ」
言い切って梨花は、ばん、と恵梨の背中を叩いた。
「頑張りなよ」
「なにを!?」
なにを頑張るのかは本気でわからなかったけれど、なにか……告白するとか……を、促されているのは察せた。
「せっかく二人きりなんだから、告白でも……」
そのとおりのことを言われたので、恵梨は思いっきり言った。
「別になにも言わないから!」
そして梨花に声をあげて笑われたのだった。
そんなふうに一日が過ぎ今、こうして図書室で志賀原を待っているというわけ。
いつくるかなぁ。
放課後としか約束してないけど。
『放課後』の規格はあいまいだった。五時間目が終わって、ホームルームも終わって、全員で「さようなら」をしたら……と言いたいけれどそのあと掃除があるのだ。当番制だから必ずあるとは限らないけれど。
教室とか、廊下とか、あるいは理科室とか家庭科室とか。学校は広くて掃除する場所はたくさんあるのでだいたいの場合はどこかしらの当番になる。掃除当番がないほうが珍しい。
そしてその掃除が終わり次第『放課後』となるので……やはり、いつからを放課後と呼ぶのかは『掃除当番があるか』『その終わる時間』によるのであった。
今日、恵梨は廊下の掃除当番だったのだけど、梨花が「私、代わるよー」なんて言ってくれた。
理由なんて明らかだった。「デートの人に、掃除なんてさせられないからねぇ」と、にやにやしながら耳打ちしてきた。
代わりに「今度、私のことも手伝って」と言われたけれど。
梨花に掃除当番を代わってもらったので、五時間目が終わってすぐこられた。
けれど待っていても志賀原はこない。ちらっと教室の当番表を見たとき、今日、志賀原は家庭科室の当番だと書いてあった。
志賀原はほかのひとの掃除当番すら「代わるよ」なんて言ってしまうくらい気が利く人だ。掃除をほったらかして来るはずがないとわかっていた。
だから本当ならば恵梨のほうも梨花に掃除当番を代わってもらわなくても良かったのだけど。でも親友の応援する気持ちはありがたく受け取っておきたいではないか。早々と図書室へ入ってそわそわ待つこと、多分二十分ほど。入口から志賀原が入ってくるのが見えてどきりと心臓が反応した。
「ごめん、待たせた?」
ああ、またデートみたい。
最初から恵梨の頭はくらりと揺れてしまう。
「ううん」と言うしかなかった、やはり。
「じゃ、さっそく本題なんだけど」
しかし志賀原は『なにも気にしていない』という様子で言って、恵梨の隣の椅子を引いた。当たり前のように。
やっぱり恵梨はどきどきしてしまったのだけど、志賀原は持ってきていたランドセルから一冊の本を取り出した。
「今度、姉ちゃんの誕生日なんだ」
切り出されて話されたこと。
志賀原にはお姉さんがいて(中学生だそうだ)。
お誕生日祝いにお菓子を作りたい。
けれどもともと志賀原にお菓子作りをするようになったきっかけがお姉さんであり、つまり相応のクオリティを求められることになる。
そのように取り出した本、やはりそれはレシピ本だったがそれを示しながら志賀原は説明した。
恵梨は、ふんふんと聞いていたが、聞いていくうちになんとなく予想した。
予想に過ぎないことなのに胸はどんどん高鳴っていく。そしてそのとおりのことを志賀原は言った。
「だから、篤巳に手伝ってもらえたらなとか思ったんだけど」
「えええ!?」
言葉にされればやっぱり驚きの言葉が出てしまった。そんな声を出した恵梨を見て、むしろ志賀原のほうが驚いたような顔をした。
「迷惑か?」
言われた言葉は、そんなはずはない。恵梨はぶんぶんと首を横に振っていた。
「篤巳のカップケーキ、すごくうまかったから」
そんな恵梨に、やっぱり志賀原はたんたんと理由を語ってくれる。
「だから、篤巳に手伝ってもらえたら、いいもの作れると思うんだ」
どれも恵梨には嬉しすぎる言葉だった。
一番嬉しいのは『手伝って』と言われたことだったけれど。
カップケーキを褒められたのも、自分の作るものを期待してくれるのも。全部嬉しい。
「もちろんお礼はするし。お菓子とかで」
最後に志賀原は言ったけれど、そんなことはもったいないと恵梨は思ってしまった。
今まで言われたことだけでも嬉しいのに、このうえ、お礼なんて。
「えええ、いいよ! お菓子作るの好きだから! 気にしなくて!」
今度はぶんぶんと手を振ったのだけど、志賀原は、しれっと言う。
「いや、タダってわけにはいかないだろ」
そのあとはいろいろ予定を出された。
「姉ちゃんの誕生日は八月の頭で」
「だからちょっと練習するために、そうだな、林間学校の終わったくらいには一回作ってみたいんだ」
「あとはその前に、なに作るかとか、作り方とか相談乗ってくれよ」
どれもちゃんと頭にインプットされてはいったけれど恵梨は信じられなかった。
なんだろう、こんな展開。やっぱり夢を見ているんじゃないだろうか。
朝起きて学校にきて一日を過ごした、長い長い夢なのでは?
けれど夢ではなかった。
恵梨がすべてに「いいよ」と答えたあと。つまり一緒に『志賀原のお姉さんの誕生日をお祝いするプロジェクト』とでもいおうか、それをおこなうことと、その工程が決定したあと。
不意に志賀原が恵梨を見た。じっと見られて恵梨は戸惑ってしまう。なにかおかしかっただろうか。
不安になったのは一瞬だった。
「いや、なんか篤巳、髪結ぶのうまくなったなとか」
言われた言葉。今度ははっきり顔が赤くなったのが自分でわかった。
初めてお母さんにツインテールをしてもらって、でも登校したあと梨花に直してもらったとき。
あれ以来、梨花にアドバイスされたように自分で髪を結ぶようになった。
もちろん最初から完全にはできるわけがなかったのではじめの頃はお母さんに手伝ってもらった。
「もうちょっとふんわり結びたいの」と、その日、家に帰って梨花に結んでもらった髪を示して言った恵梨に、お母さんは不思議そうに言った。恵梨の髪に触れて。
「へぇ、こうなっているのねぇ。梨花ちゃん、お母さんより結ぶのがじょうずね」
そして言ってくれた。
「わかったわ。こうなるようにしてあげる」
でももちろん、恵梨は言った。
「ううん、自分で結べるようになりたいの。だから手伝ってほしくて……」
そんな恵梨にお母さんは嬉しそうに笑ってくれたのだった。
「恵梨も大人になっていくのね。わかったわ」
そういうわけで練習は少しずつ進んだ。
はじめは試行錯誤で、学校に行ってから「恵梨、ゆがんでるよ」と梨花に直してもらったことも何度もあった。でも最近はそういうこともほとんどなくなっていて梨花に「うまくなったねぇ」とまで言ってもらえることもあった。
それを褒めてもらえた。また嬉しくて胸が熱くなってしまう。
「ありがとう」
お礼を言う声は弾んでしまったのだけどあとから気付いた。
『うまくなった』と褒められたということは、イコール、ヘタであった時期も見られていたということである。
志賀原とのプロジェクトの打ち合わせを終えて家に帰って、自分の部屋に入って。
遅まきながらようやくそのことに思い当たった恵梨は、ベッドにダイブして悶絶することになった。
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