お出かけ日和
「梨花と遊びに行きたい」とちゃんと事前に言ったので恵梨のお母さんは「五時までには帰るのよ」とすぐに許可をくれた。
日曜日。
朝の十時に梨花の家の前まで恵梨が迎えに行った。
ショッピングセンターは梨花の家のほうが近いからだ。まだ一回だけだけど梨花の家には遊びに行ったことがあって家の前では梨花と梨花のお母さんが待っていてくれた。
「恵梨ちゃん、こんにちは。今日は梨花をよろしくね」
梨花のお母さんの言葉には梨花は不満そうな視線を向ける。
「私が面倒みられるわけじゃないもん」
「そうだけど、恵梨ちゃんはしっかりしてるから安心なのよ」
褒められたのでなんだか嬉しくて、ありがとうございます、と恵梨はお礼を言っておく。
「私だってしっかりしてるもんね! ほら、恵梨、いこ!」
不満な声は一瞬のこと。梨花は自分の自転車に手をかけた。そして二人で自転車でショッピングセンターまで出発したのだった。
自転車で走る間もおしゃべりをする。
自転車で走るのも楽しい。梨花は自転車もおしゃれだった。ピンクのボーダー柄だ。
でも本人はあまり気に入っていないらしい。「だってお姉ちゃんのおさがりなんだもん」とのことで。
お姉さんがいるとそういう点は良くないんだなぁ、と恵梨は思った。
自転車で走るうちに商店街へ入った。ここでは自転車を飛ばすと邪魔になってしまう。ここだけは降りて、自転車を押して歩いて通過しなければいけない。
よって二人ともおとなしく自転車を降りて、歩きはじめた。おしゃべりの続きをしていたのだけど。
梨花がふと右手の方向を見た。梨花が右を歩いていたのでそちらがわの出来事に気付いたのだろう。
「あ、ねぇ、あれ」
「ん?」
声をかけられたので恵梨もそちらを見た。そして梨花が声を出した理由をすぐに理解する。
そこには知っている人がいた。というか、クラスメイトだ。
「あれ、志賀原くんだよね」
すぐにわかった。そのくらいには同じクラスで過ごしているのだし、それに。
……初めて梨花にこの髪型、今日もしているツインテールを褒めてくれたことは印象に残っていたので。
国都小学校の学区内なので、志賀原がここにいることはなんの不思議もない。けれど、彼の向かっている先がちょっと不思議だった。
彼は歩いてスーパーに入っていったのだから。ごく普通の、スーパーマーケット。
「なんでスーパー?」
梨花も不思議そうに首をひねった。
それはそうだ。男子がスーパーになんの用事だろう。
「なんだろ? お母さんのおつかいとかじゃないの?」
恵梨はそう言ったが、それが一番ありえそうなことだった。なにか、ちょっとしたもの……ネギを切らしたとか、そういう些細なもののおつかいを頼まれたのかもしれない。梨花もそれに頷く。
「そうだよね! あー! ねぇ、スーパーといえばさぁ、こないだ新作のチョコが……」
梨花の興味はすぐに別に移ったらしい。新作のチョコの話をはじめた。
綺麗なパッケージのチョコで、とてもおいしいってCMでやってた。けど買い物に行っても、ちょっと高いからってお母さんが今度ね、っていつもごまかすんだよ!
なんて、いつもしているようなことを明るく話す。
しかし恵梨は少しだけスーパーの自動ドアをくぐる志賀原の後姿を見てしまった。
彼はなにやらメモらしきものを持ってそれを見ていたので。
あれは本当に、お母さんからのなにかの買い物だったのだろうか?
ショッピングセンターはとっても楽しかった。そんなに大きなものではないのだが三階建てで一階がスーパー。二階が洋服や雑貨。三階も洋服が少し、あとは眼鏡屋さんなんかが入っている。小学生の遊び場としては手頃な場所である。
梨花はどうかわからないが恵梨は普段はお母さんとくることが大半なので友達とというのはなかなかないし新鮮だった。
二階にあるかわいい雑貨のお店で髪飾りを見た。安いお店で、お小遣いでも一つや二つくらいは買えそうだ。
りぼん、髪ゴム、シュシュ。
種類もたくさんあって悩んでしまう。
あれでもない、これでもない、と二人であれこれ手に取った。
「やっぱり季節感は大事だよねー。青とかどう? これから暑くなるから涼しそうなのとか!」
梨花の提案に恵梨は驚いた。着るものや身に着けるものに季節感、などは考えたことがなかったので。
「やっぱ、梨花っておしゃれだよね。そーいうこと考えたことなかった」
「そうなの? じゃ、これからは気にしてみなよ!」
恵梨の褒め言葉には梨花は嬉しそうな顔をして、恵梨にも提案してくれた。
最終的に髪飾りは二つセットの小さなシュシュに決定した。「恵梨ってまだ結ぶの慣れてないじゃん。いっこだけ飾りのついたゴムだと、ひっくり返っちゃうことあるし」と梨花が言ってくれたのだ。そういうことまで考えてくれた梨花は、とても優しい。
柄は青系のボーダー柄。マリンには少し早いけれど、涼しそうな印象だ。
そしてフチにレースがついていた。そこも女の子らしい。
青系、ではあるが色合いは少し違っていた。梨花が薄い水色で、恵梨がもう少し濃いめの青色だ。
それは「まったく同じなのにすると、学校で結びなおすことがあったら、取り違えちゃいそうだから」という理由であった。
そのあと「コームも欲しいな」と言った恵梨に、梨花は「いいじゃん! 買って、髪型研究しようよ!」と喜んで、一緒に選んでくれた。初めてツインテールをしてくれたとき、梨花のコームをかわいい、と思ったことを思い出したのだ。
結局選んだのは緑色のものだった。黄緑色で、キャンディの絵柄が入っている。梨花と「これかわいい!」と満場一致したものだ。
お目当ての雑貨を買ったあとは、時間も十二時を過ぎていたので二人ともおなかがすいていた。ゴハンにしよう、ということになる。
ご飯は一階にあるマックにしようと決めていた。量はキッズセットでまだまだじゅうぶんなのでお財布に優しいのだ。おもちゃはさすがにいらないので断ったけど。
でも梨花はもらっていた。「いとこにあげるんだー」と言っていた。
そっか、私ももらっておいて、近所の子とかにあげればよかった。梨花からは学ぶことも多い、とことあるごとに恵梨は思うのだった。
ハンバーガーとポテトを食べながら、やっぱりおしゃべり。ちょっとだけまったりして、今度は三階にある服売り場を見た。
当然のように服はお小遣いでは買えない。でも目星をつけておいて、お母さんと来たときにねだってみる下見をするにはいいだろう。
梨花は慣れた様子で服を次々にかき分けて「これかわいい!」などと喜んでいる。梨花の選ぶものは、やはりいつも着ているようなポップなものが多かった。そして恵梨にも同じ系統のものを合わせてみてくれる。
「恵梨はさー、背ぇ高いから短いスカート穿いてみなよ!」
「え、これちょっと短すぎないかな?」
渡されたスカートは腿の半分くらいまでしかなかった。ここまで短いスカートは穿いたことがないのでちょっと恥ずかしい、と思ってしまう。
「大丈夫大丈夫! レギンスとか穿けば、ぱんつ見えないしさ!」
「ちょ、ちょっと!」
恵梨はあせった。こんなところで「ぱんつ」などと。恵梨のお母さんが聞けば「はしたない!」と雷が落ちるだろう。
「えー? 見えないって話、してるのに!」
「そうだけど!」
そんな言い合いをして「今度、お母さんにお揃いで買ってもらうように頼んでみようよ!」という結論となりそして最後に一階へもう一回降りた。
そろそろ三時半になろうとしている。最後におやつでも食べて帰るのだ。
サーティワンもあるけれどちょっと値段が高い。なので百円でアイスが食べられる、マックにもう一回入ってしまった。小学生は貧しいのだ。
期間限定のイチゴソフトを二人とも頼んで、席についてスプーンでつつきはじめた。
今日はとても楽しかったな、と恵梨は思う。梨花と遊びに来られてよかったと思う。
髪飾りやコームのことだけではない。一日中ずっとおしゃべりをしていたのがとても楽しかったのだ。
イチゴソフトはとてもおいしかったけれど不意に梨花が爆弾を落としてきた。
「ねぇ、恵梨は好きな男子とかいるの?」
んぐ、と恵梨の喉が詰まった。こういう話を梨花とすることは初めてだったので。
「ねぇねぇ」
梨花は目を輝かせて身を乗り出してくる。
ちょっと、アイス零れる。
言おうと思ったけれどそれどころではなかった。確かに今回のような話、いわゆる『コイバナ』は今までも友達としたことがあったけれど。
「い、いないよ」
答えはそれ。今までとまったく同じ。
今回もそのときと同じ返事しかできないことをちょっと残念に思う。
五年生になったのに子どもっぽい、なんて思ってしまって。
でも本当なのだから仕方がない。はっきり誰かを好き、と思ったことは今の恵梨にはまだなかった。
「なーんだ、そうなの」
梨花は残念そうな顔をして身を引いた。ぱくりとイチゴソフトをひとくち食べる。そして言った。
「……秘密にしてくれる?」
なんだか上目遣いだった。そして顔もちょっと赤い。
え、梨花はいるの。
驚いたけれどそれはアタリだった。あのねぇ、ともう一度身を乗り出してくる。
耳打ちをしたい、という格好だったのでどきどきしながら恵梨もちょっとだけ体を乗り出す。
「六年一組の、国木くん」
知っている名前だったのでもう一度驚いた。
だって有名人だ。サッカー部で何度も選手に選ばれている人。見た目だってカッコいい。
「え、六年生?」
「うん。去年からずっと好き!」
つまり彼が五年生からということだ。
「彼女とかいるのかなー。わかんないから、気になっちゃって」
言われたことにはさらにびっくりした。
彼女!?
そんなこと、考えたこともなかった。
「付き合うとかまだ早くない?」
「え、早くないよ! 六年生なら結構いるって」
しかし恵梨の言葉に梨花はさらりと答えた。もう身を引いて、イチゴソフトをすくったスプーンをくわえている。
「だから今でも全然早くないって! それにさー、早くしないと六年生の同じクラスの子とかに、取られちゃうもん」
イチゴソフトをなめてしまって、梨花はためいきをついた。
「どうしよー。告白とかどうしたらいいと思う? 手紙とか……メールはアドレスわからないし、ラインはお母さんにダメって言われてるし」
「わ、わかんないよ……考えたこともなかった」
一応、二人ともスマホは持っている。けれど立派に子ども用のものだ。家族や、お母さんの知っている友達にしかかけられない。
メールも同じ。そしてラインは禁止されていた。中学生になったら考えてあげる、と言われている。
でもクラスの子たちも同じように言われている、という子がほとんどだったから、もしかしたら先生やお母さん同士でそういう話をしているのかもしれなかった。
「梨花って、オトナだね」
感心してしまった。好きな男子がいるだけでもすごいのに、告白をどうしようかすら考えているのだ。おしゃれのことだけでも先をいかれているのに、恋に関してもそうだとは。
「そっかなー? だって、漫画とかでもあるじゃん。卒業するときに告白とか」
「そうだけど……」
現実に起こるとは思わなかった。けれど目の前の梨花には起こっているのだ。
「好きな男子、できたら一番に教えて! 秘密にするからさ!」
それでおしまいになって。
そのあと「私のもバラしたら絶交だからね」と言った梨花と、指きり、と小指を絡めたのだった。
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