イメチェンしてみる?

「ねー、恵梨、髪型変えてみたら?」

 ある日の昼休み。ふと梨花が言ってきた。梨花の机で二人で話していたときだ。

「髪型?」

 唐突な話題だったので恵梨は不思議になった。

 髪型? イメチェンってことかな。

 不思議に思ったのだけど、梨花の言葉にちょっとどきりとした。

「恵梨さー、髪、綺麗なのにただ結んでるだけなんだもん。もったいないよ」

「え、これ、ヘン?」

「ヘンじゃないけどー」

 恵梨は毎日お母さんに髪を結んでもらっていた。恵梨のお母さんは特別おしゃれな人ではないので、毎朝結んでくれる恵梨の髪型はいつも同じだった。

 単なるポニーテール。髪は長く伸ばしていて、高い位置でポニーテールにしても先は肩に届きそうだ。

 つまりダサいってことだろうか?

 梨花は言葉を濁したけれど、つまりそういうことなのだろう。

 恵梨は急に不安になってしまった。

 梨花はおしゃれだ。高そうな服を着ているというわけではないのだけど、はやりの格好をしているし明るい色の服が多い。そして髪型はいつもツインテールをしているけれど、髪飾りはよく変わっていた。そんなおしゃれな梨花にそう言われてしまったら。

「試しに私とお揃いにしてみよ!」

 提案されて、恵梨はもう一度どきりとしてしまう。

「えっ、わ、私にはかわいすぎないかな?」

 ツインテール、つまりふたつ結びなど。

 梨花はくりっとした目をしていて、背も低め。つまりかわいらしい系の髪型も良く似合うのだ。

 でも恵梨はクラスでも身長は高いほうだったし梨花ほどお茶目な顔立ちもしていない。なのでひるんでしまったのだけど。

「かわいすぎない、かわいすぎない! いいから座って!」

 梨花に強引に座らされてしまった。梨花の席へと場所をチェンジして。

 梨花はランドセルの中からポーチを取り出して折り畳みのコームを取り出した。それもかわいらしかった。ピンクでラメが入ってきらきらしている。

 恵梨はそういうものを持っていなかった。かろうじて小さな折り畳みの鏡を持っているくらいだ。いつもきっちりお母さんが整えてくれるから、外で髪をいじる必要がなかったので。

 ポーチ自体だってかわいい。ウサギのキャラがプリントされている、つやつやとコーティングされたもの。

 いいなぁ、私のお母さんもこういうの買ってくれたらいいのに。恵梨は羨ましくなった。

 別に、頼めば買ってくれると思う。お母さんは優しいから。

 でもやはり恵梨のお母さんは『自分がとてもおしゃれ』なタイプではない。なので恵梨に与えるものも無地やらチェック柄やら……シンプルなものが多かったし、進んで「こういうのはどう?」と言ってくることはなかったのである。

 そして恵梨自身もそれで満足してしまっていたところはある。おしゃれでもないけれど、地味でもない格好。服だってそうだ。

 でも梨花と仲良くなって思った。もうちょっと明るい色の服を着たり……かわいい柄の入った服や小物を使ってみるのも楽しそう、と。それは梨花と仲良くなって、良い方向へ触発されたことだった。

「じゃ、ほどくよー」

 髪を外でほどかれることなどめったにないので恵梨はどきどきした。元通り結べなかったらどうしよう、と思ってしまう。

「わ、これ、きっちり結んであるねー。お母さんが結ぶの?」

「う、うん……」

 言いながら梨花は髪ゴムをゆるめて、恵梨の髪をおろした。

「わー、綺麗だね。つやつや。シャンプーなに使ってるの?」

 梨花は恵梨の髪を軽く撫でてくれる。髪がおろされて肩から落ちて、やはり外ではあまりほどかないものだから恵梨はそわそわしてしまう。

「え、お、お母さんの使ってるやつ?」

「えー、名前は?」

「なんだっけ? わかんないかも……」

 言いながらなんだか恥ずかしくなった。そんなことも知らなかった自分に。おしゃれな梨花よりずいぶん遅れを取っている気がした。

「私はねぇ、お姉ちゃんと同じやつだよー。桃の香りがするトリートメントでー」

 梨花は話しながらコームを使って恵梨の髪をとかしていく。特にもつれているわけではないようで、するするとコームは恵梨の髪の間をすり抜けていく。

 そう、梨花にはお姉さんがいるのだ。そのためかもしれない。おしゃれなのもそういうことに詳しいのも。

 恵梨は一人っ子なので姉妹がいるというのはとても羨ましかった。そしてお姉さんがいるとそういうところも真似できるんだ、と更に羨ましくなってしまった。

 そのうちに梨花はコームの先で恵梨の髪を二つに分けた。コームと手を使ってまとめていく。

 鏡を見ているわけではないのでどんなふうにされているかわからない。どんなふうにされるのか楽しみなような、ちょっと不安なような。

 梨花はポーチから出した黒くて細いゴムを恵梨の髪に通した。恵梨はいつも太いゴムしか使っていなかったのでそれは輪ゴムのように見えて、もつれるのではないかと少し怖くなったけれどそういうことはなかった。ただ、きゅっと留まってくれる。

 そしてもう片方も同じようにしてくれて、梨花は「できたー!」と嬉しそうな声をあげた。

「どうなってるの?」

「ふふん、かわいいよ!」

 恵梨が聞くと、梨花は鏡を出して恵梨の前に出してくれた。

 渡された鏡を覗きこんで、恵梨は、わ、と思わず言ってしまう。こんな自分の姿は見たことがなかったので。

「似合うでしょー!」

「い、意外と、ヘンじゃない、かも」

 梨花は、えへん、という声で言ったのにそう言ってしまったので梨花は膨れる。

「ちょっと! 私が結んだのに!」

「あっ、ご、ごめん」

 謝るとすぐに梨花は態度を変えた。ころころと変わる表情が魅力的だ。

「今度からこうしなよ! こっちのほうがかわいいって!」

「そ、そっかな?」

 ここまで褒められれば嬉しくなってしまうし、そうしようかな、なんて思ってしまう。

「うんうん! せっかくロングヘアなんだからアレンジしないと!」

 そのあと梨花は言った。

「なにかりぼんとかつけようよ! もっとかわいくなるよ!」

 恵梨も髪飾りくらいは持っている。小さいシュシュとか、どれもあまり派手なものではないけれど。

 反対に梨花はいつも明るくてポップなものをつけていた。水玉柄のりぼんとか。ポンポンのような、まぁるいものとか。明るい梨花にはよく似合っているのだけど。

「でも、二つセットの髪飾りなんて持ってないよ」

 恵梨の言葉には目を丸くされた。

「えっそうなの? じゃあ買いに行こうよ!」

 次には提案される。

「いいの選んであげるからさっ。私も新しいの欲しいし!」

 話はとんとん拍子に進んだ。次の日曜日に、自転車でいけるショッピングセンターまで行こうという話になる。

 自転車で行ける距離ならお母さんに言っておけば基本的にOKということになっているので多分ダメとは言われないだろう。恵梨はそのまま受け入れた。

 そして梨花に髪型をいじられて遊んでいるうちに、昼休みの終わる予鈴が鳴った。授業五分前だ。

「あー、昼休み終わりだー。国語だっけ」

「そうだね。じゃ、私はそろそろ席に……」

 梨花はあまり勉強が得意ではない。その点では梨花に教えたりできるのが恵梨の優れているところといえた。

 昼休みも終わるので恵梨だけでなく、みんなそろそろ席に戻りはじめた。外に遊びにいっていた子たちもクラスに戻ってくる。

「あれ、お揃いじゃん」

 その、外から帰ってきた一人。ふと目に留まった、という顔で言ってくれたのは梨花の席の前の男子、志賀原(しがはら)だった。

「えへへ! そうなの! いいでしょ!」

 梨花はなにしろ席が前なのだ、志賀原とはよく話すらしい。

 恵梨は今回初めて彼と同じクラスになったうえに、梨花の席……つまり志賀原の席のそばともいえるが、とは遠いので今まで話したことはほとんどなかった。

「うん。篤巳もそっちのほうがいい」

 だというのに、言われてどきりとした。男子に褒められたなんて初めてだ。

「ほら! やっぱりそうだよ!」

 でも梨花はなんでもないように、そして自分が褒められたかのように喜んでくれた。

「あ、ありがと……」

 なんだかくすぐったくて、恵梨がお礼を言う声はもにょもにょとしてしまった。それが梨花に言ったのか、志賀原に言ったのは定かではなかったけれど。

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